(3)

 ふたりは、「いつも」はしないことについて考えて、プレゼントを渡し合うのはどうかという結論に至った。


 無論、幼馴染という間柄で、今まで親しくしてきたミリセントとダニエルは、お互いにプレゼントを贈り合った経験はある。


 しかしそれは「日常」ではなく、「非日常」のイベント。それをあえてなんでもない今やってみることで新鮮味を引き出し、「恋愛」へと繋がる刺激を引き出せないかとふたりは画策したわけであった。


 そういうわけで、ふたりは「『いつも』は相手にしないプレゼントを贈り合う」という制限を設けた。「いつも」通りではダメなのだ。ふたりの考える「恋愛」は「非日常」に繋がっているのだから、「いつも」通りでは企図した効果が見込めないだろう。


 ダニエルとの「お出かけ」から一週間後にプレゼントを贈り合う、と期限もしっかりと設定したところでふたりは解散した。と言ってももちろん現地解散ではなく、ダニエルはミリセントをしっかりと家まで送って行った。


 ちょうど家にいたミリセントの母親は、わざわざ玄関ポーチにまで出てきてダニエルに礼を言ったあと、ミリセントからあれこれと今日の「お出かけ」について聞き出したがっていたが、ミリセントはほとんど流してしまった。


 プレゼントの贈り合いを提案したのはミリセントだ。言い出しっぺである手前、当たり前だが「いつも」通りのものや、それに近しいものなんて贈れはしない。


 かと言って、突飛な物を贈るのではミリセントが想像する「恋愛」からはほど遠い気がした。やはり、相手のことを思って、よく考えてプレゼント選びをするのが「恋愛」関係にある者同士としては正しい姿ではないだろうか? いずれにせよ、独りよがりはよくないだろう。


 ただそうなると、どうしてもプレゼントの幅は狭くなる。


 唯一の救いは、プレゼントの相手が幼いころからよく知るダニエルであるという点だ。ミリセントは彼が嫌いな物、苦手とする物については当然把握していたから、ひとまず消極的な選択ではあったものの、それらを避けてプレゼントを絞り込んで行くことにした。


 そうして選んだのは、プレゼントとしては定番だが、ミリセントがダニエルに贈ったことのないもの――


「ハンカチだ」

「わたしの刺繍入りのね」


 お小遣いで買った真っ白なハンカチーフに、これまたお小遣いをはたいて買った刺繍糸で花のワンポイントを縫い付けたプレゼントである。


 プレゼントとしては先に述べた通りに定番で、面白み、みたいなものはないだろう。けれども相手が日常使いできるものを贈るほうが、なんだか「それ」っぽいかなとミリセントは思って、特別得意でもない手芸ごとと格闘し、花の刺繍を縫い付いたわけである。


「汗を拭くのにでも使えるかなって。ダンはよく庭に出るでしょう」

「そうだね。たしかにハンカチはよく使うけど、でもこれはもったいなくて使えないかな」

「ええ、贈ったんだからちゃんと使ってよ」


 ダニエルの趣味は園芸である。土いじりとも言い換えられる。ミリセントにはなにをしているのかまでは理解できていないのだが、彼が家の庭や温室で黙々と作業をするのが好きだということは昔から知っていた。


 花の交配だの、接ぎ木だの剪定だのといった領域となるとミリセントにはちんぷんかんぶんだったが、外で作業をするのならハンカチーフは無駄にならないだろうということくらいは、かろうじて想像することができた。


 ダニエルの喜びが隠せていない横顔を見ると、針や刺繍糸と格闘した甲斐があったものだとミリセントは鼻高々半分、ほっと安堵すること半分であった。


「ダンは?」


 ダニエルがいつまでもきらきらとした目でプレゼントされたハンカチーフを眺めていたので、さすがのミリセントも恥ずかしくなって彼をせっついた。


 途端に、ダニエルの顔が少し曇った。理由まではもちろんわかりはしないのだが、きっと彼のそれは杞憂に終わるだろうことはミリセントにはわかりきっていた。ダニエルは心優しい反面、繊細すぎるきらいがある。


 そんな風にダニエルの心に雲がかかったとき、それを吹っ飛ばすのがミリセントだった。


「これ、なんだけど」

「マフィン?」

「ハーブマフィン、て言えばいいのかな? ローズマリーとかを使った、あんまり甘くないマフィン」

「……もしかして、ダンが作ったの?」

「うん……。と言ってもうちの料理人に見てもらって作ったものだけれど。このあいだ食べたハーブ入りのパンをミリーが気に入ってたのを見て……。砂糖はあんまり使ってないから、ミリーでも食べられると思う」

「え、すごい!」


 ミリセントはおいしいものを食べること自体は好きであったが、残念ながら生来から甘いものはあまり得意な部類ではなかった。幼馴染であるダニエルはもちろんそのことを知っている。


 加えて、このあいだの「お出かけ」で立ち寄った街のパン屋で食べたハーブ入りのパンを、ミリセントが気に入っていたことを勘案し、ハーブマフィンを作るという選択をしたのだろう。


 紙袋に入れられたハーブマフィンを前に、ミリセントは「しまったな」と思った。


「なんかかかった労力に差がある気がする……。わたし、既製品に刺繍しただけだし」

「え? でもミリーって刺繍とか得意じゃないでしょう」

「そうだけど……」

「ミリーのほうが得意じゃないことに挑戦していて頑張っていると思うけど」

「でもダンだって普段は料理しないでしょう」

「そうだけど」


 結論の出ない言い合いのようなものに突入してしまいそうな気配を察知し、ミリセントはわざと話題を変える。


「うーん……プレゼントの渡し合い、いい案だと思ったけど、非対称性が出ちゃうのはちょっと困るかも」

「……でもなにを贈るか先に言ったら楽しみとかなくなっちゃうしね」

「相手の好みから外れないのはそれはそれで長所だとは思うけど。――そうだ。今度はこういう差が出ないものにしよう!」

「それって難しくないかな」

「今度は大丈夫だと思う。――流行りのロマンス小説を読んで感想を言い合うだけだから」

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