(2)
――こうして、ミリセントとダニエル、ふたりのあいだで話はまとまった。
……のだが、話がまとまっただけですぐにふたりは迷走し始めたどころか、暗礁に乗り上げる。
「これっていつもしていることと変わりがなくない?」
はじめにそのことに気づいた――というか、指摘したのはミリセントだった。
場所は学園の図書館の一階に設けられた、読書や勉強のためのスペース。イスを隣り合わせ、大きな机を同じくしているダニエルに、ミリセントは小さな声で耳打ちしたのだった。
ふたりは次の考査に向けて、仲良く勉強会をしているところだった。
なぜかと問われると答えはひとつだ。「ダニエルの『恋愛がしたい』という願いを叶える」という話がまとまったとき、当然「どうすれば『恋愛』っぽい空気になるのか」ということについて、ふたりは考えた。
そして考えた結果、「ふたりきりで同じ時間を過ごせば『恋愛』のドキドキを味わえるのではないか?」という結論に至り、ふたりきりの勉強会をすることになったわけである。
ミリセントもダニエルも、この案が出たときはとてもいいアイデアに思えたのだが、いざふたり仲良く勉強会をしてみる段になってミリセントは気づいた。
――「これっていつもしていることと変わりがなくない?」と。
だから、その思いをそのまま言葉にしたのだ。
「……いいアイデアだと思ったんだけれどね」
ミリセントの指摘に対し、ダニエルも同意する。彼もまた、すぐにミリセントと同じ感想に至ったのだろう。眉を下げて、困ったような微笑をミリセントに向ける。
そう、ふたりきりの勉強会はミリセントとダニエルにとって、これが初めてのことではなかった。
たしかにふたりの友人と誘い合わせて考査の前に勉強会をすることはある。けれどもやはり、幼馴染で気心が知れていて、勉強に対するスタンスや姿勢が同じという点から、ミリセントとダニエルはよくふたりきりで勉強会に励んでいた。
いいアイデアが出せたという高揚感から、ふたりはその当たり前の事実をそろって見落としていたのだ。
「じゃあ『ふたりきりでお出かけする』っていう案も……」
ミリセントが声を潜めてそう問えば、ダニエルもまた小さな声で「いいアイデアだと思ったんだけれどね」と先ほどと同じ返答をする。
「でも、勉強会よりも『恋愛』のドキドキ? みたいなものは味わえるかも」
しかしミリセントは悪あがきをしてそう付け加える。そして反省点も。
「……勉強会はさすがに色気がなさすぎたと思うし」
ダニエルは真面目な優等生で、勉強をすると決めたのならば、それ以外に無駄な意識を割くことはしないだろう。
これは一種「恋愛」に対して不真面目であると言えなくもないのだが、ミリセントもダニエルほどではないにしても真面目な性格をしている。「勉強会」と銘打ったからには、他ごと――つまり「恋愛」にうつつを抜かすのが難しいこととは容易に察せられる。
つまり、前提の設定からしてミリセントたちはミスを犯していたわけだ。
だがその点、「お出かけ」は違う。
「……たしかに、勉強会をする恋人同士はいなくても、お出かけをしない恋人同士はごく稀だろうしね」
「でしょ? ……じゃあ次はお出かけで『恋愛』っぽい空気が出ないか試してみよう」
しかし生真面目なミリセントとダニエルは、その日はきちんと勉強会を完遂したし、「お出かけ」は考査が終わってからにしようと話し合って決めたのだった。
「これっていつもしていることとあんまり変わりがなくない?」
ミリセントはつい二週間ほど前に口にしたのと、ほとんど変わり映えのしない指摘をした。
場所は学園のお膝元の街にある大きな広場。休日ともあって家族連れや、恋人同士らしきふたり組みなどでにぎわっている。
ミリセントとダニエルは、広場に設置されたベンチに隣り合って座っていた。眼前には女神像を中心に据えた巨大な噴水がある。女神像の足元に広がる、タイル張りのエリアでは、小さな子供たちが水遊びに興じており、その楽しげな声が広場に響き渡っていた。
「……でも、このあいだの勉強会よりは『恋愛』っぽいと思わない?」
「……ダンはドキドキしているの?」
「どうだろう……」
「やっぱり、いつもしていることとあんまり変わりがなくない……?」
ミリセントは青空を見上げて、ため息をついた。
「つまらなかった?」
ダニエルはそれをどう受け取ったのか、そんなことを問う。ダニエルの気弱な言葉が、こつんとミリセントのこめかみに当たったようだった。
「ううん。どうしてそんなことを聞くの?」
「デートなんてしたことがないから……」
「わたしもないけれど、ダンのエスコートは完璧だったと思う」
「それは……ありがとう。そうだといいな」
ダニエルは先回りして小さな店の重い扉を開けてくれたりしたし、ダニエルよりずっと小さなミリセントの歩幅に合わせて歩いてくれていたことは、ミリセントも気づいた。
露店で可愛らしいウサギのブローチを前に悩んだ素振りを見せれば、さっと代金を払ってミリセントにプレゼントをしたところなどは、恋愛ごとにうといミリセントでも、ダニエルの振る舞いは「ちょっと絵に描いたようなもの」だと思ったくらい、完璧だった。
ミリセントがダニエルにブローチの代金を支払おうとすれば、「私の願いに付き合ってくれているお礼だから」と言ったところも、ちょっと歯が浮きそうになるくらい如才がないと思った。
「でもやっぱり、いつもしていることとあんまり変わりがなくない?」
「……たしかに、ミリーとはよくいっしょに出かけるしね」
ミリセントの両親は五人の子供に恵まれて、ミリセント自身は四女である。すでに他家へと嫁いでいる三人の姉と、家を継ぐ予定の弟がひとりいる。それでも両親から粗雑に扱われた覚えはなく、むしろたまに嫌気が差すていどには子煩悩なふたりである。
そんな両親はダニエルを信頼しており、こうして年頃の娘とふたりきりで出かけることに難色を示したことはない。ミリセントひとりでの外出は決して許さないのにもかかわらず。
それゆえにミリセントは外でちょっと買いたい物があるときなどはダニエルを誘って――というか、彼を付き合わせて出かける。前述の通り、ダニエルといっしょに出かけると伝えれば、両親は態度を軟化させるからだ。なんだったら、ちょっとしたお小遣いさえも貰える。
だから、ミリセントからすると、ダニエルとふたりきりで「お出かけ」をしても新鮮味は一切ないのだった。
「……うーん、『恋愛』に近づくには、刺激が必要だと思うんだよね」
「たとえば?」
「新鮮味とか。やっぱり、いつもとは違うことをしないと!」
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