「恋愛がしたい」と言い出した婚約者と協力して全力で恋愛ごっこをする!
やなぎ怜
(1)
至極真面目な表情、どこか硬いこわばりが感じられる声……。
そしてとてつもない秘密を打ち明けんとする様子で、ダニエルは言った。
「恋愛がしたいんだ」
聞き手であるミリセントは、
一方ダニエルはどこか不安さの残る目元を伏せて、見ようによっては悲痛と受け取れる表情のまま、二の句を告げることをためらった様子で黙り込んでしまう。
場所は、ふたりが通う学園の広い中庭。ちょうどこの時間は木陰ができているベンチのひとつで、ふたりは仲良く並んで座っていた。そこでダニエルが突然、ミリセントに「相談したいことがあるんだ」と切り出したのだ。
「それは……どなたと?」
ダニエルに「恋愛がしたいんだ」と告げられたミリセントが、最初に返した言葉はそれだった。
ミリセントとダニエルはいわゆる幼馴染という関係性で、昔からの許婚という間柄だ。
物心つく前から家族ぐるみで付き合いがあり、ふたりもまた気心知れた仲ではあったものの、情熱的にお互いを想い合うような関係性とはほど遠い――とミリセントは思っていた。
ミリセントはそこに不満を覚えたこともなければ、不安に思ったこともない。
恋愛感情だけが家族として繋がるに至る唯一のきっかけではないのだし、そもそもミリセントの両親も家格の釣り合いを求めて縁づいた仲である。そんなミリセントの両親は、社交界ではおしどり夫婦として知られている。
一方、ダニエルの両親は当時としては珍しい恋愛結婚だったと聞いている。残念ながら、ダニエルとミリセントが幼いころにダニエルの母親は夭折したのだが、ダニエルの父親は後添えを迎えることなく今日にまで至っている。
当時まだ幼かったダニエルには、面倒を見て愛情を与えてくれる母親という存在が必要だと、外からあれこれ言われたはずだ。けれどもダニエルの父親が再婚することはなかった。
子供のミリセントにも当時のごたついた状況は伝わっていたのだから、大人たちのあいだではそれはもう喧々諤々の騒動であったのだろう。それでもなお、ダニエルの父親は亡き妻以外に愛せる女性はいないとお節介を突っぱねたと聞いている。
ダニエルは、そんな父親を見て育ったのだ。もしかしたら、ダニエルが「恋愛がしたい」と急に言い出したのは、そんな風にひとりの女性に一生の愛を捧げる父親に影響されてのことかもしれない――とミリセントは一瞬、邪推した。
けれどもダニエルの性格を鑑みれば、ミリセントからすれば「急」な物言いも、彼からすれば考え抜いた末の結論かもしれないと思った。
その厳格さで知られるダニエルの父親と、物腰柔らかな息子のダニエル当人は、受ける印象こそ正反対だが、その生真面目さや思慮深さは父子らしくとてもよく似ているのだ。
「……ミリーと許婚の関係なのに、ミリー以外と恋愛関係を築くのは問題じゃないかな」
実際にダニエルから返ってきたのは、ミリセントが半ば想定した通りの生真面目な言葉だった。
むしろダニエルのほうがミリセントの問いに戸惑った様子で、一瞬目を泳がせて、何度か素早くまばたきをする始末だった。
「私は、浮気がしたいんじゃなくて……恋愛がしたいんだ」
しかし、ダニエルが突飛なことを言っていることに変わりはなかった。
ミリセントはダニエルに浮気や、それに類する行為への欲求があるわけではないと言葉にされて安堵はしたものの、すると今度は「恋愛がしたい」という彼の願いをどうするべきかという問題が立ちはだかったため、考え込んだ。
「突然、どうして?」
だからミリセントは最初に立ち返り、ダニエルがそのような言葉を口にした理由について尋ねることにした。
「子供っぽくて恥ずかしいんだけれど……」
「笑ったりしないわよ」
「うん……知ってる。だから、言うけど。恋愛に対して、憧れがあって。ほら、学園のみんなはよく惚れた腫れたの話をしているし。婚約者がいる身でも卒業するまでのあいだだけ、他のひとと恋したりさ。それについて良いとか悪いとか今は言わないけど。……そういうのを見ていると、恋愛ってどんなものなのかなと、思って……」
ダニエルは、恥ずかしそうに白い頬をかすかな朱色に染めて言う。
けれどもそんなダニエルの様子を見て、ミリセントは内心でさえ彼を馬鹿にしたり呆れたりはしなかった。
「それは……わたしもなんとなくわかる気がする」
ミリセントの周囲は、当然のようにだれそれが好みだとか、好きだとかいった他愛ない会話に日々興じている。けれどもミリセントはそんな会話に曖昧な相槌を打つことしかできず、イマイチ身が入っていない返事しかできないでいた。
そのことに対し、深く劣等感やそれに類する負の感情を抱くことはなかったものの、少しだけ心に引っかかっていたのは事実。だがそれも淡い憧憬というよりは、好奇心や興味のほうが優位だった。
学友に勧められて貸してもらった流行りのロマンス小説に目を通してはみたものの、ミリセントはどこか他人事のままその小説を読み終えた。それもまたミリセントの心にどこかずっと引っかかったままで、消化不良を起こしていた。
「一度、人生のどこかで『恋愛』ってやつに全力で取り組んでみるのは悪いことじゃないと思う」
それに、ほかでもないダニエルの望みなのだ。常からおおよそ、驕ったところやワガママさのないダニエルが、「恋愛がしたい」とミリセントに言ってきたのだ。ミリセントは、彼のその願いを叶えてあげたいと思った。
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