第5話 近いのは先輩と後輩

 三守は、そう言えばお手洗いのために部屋を離れたはず、そろそろ限界にならないのだろうか。指摘してもいいが、それはライン越えな気もしなくもない。



「由衣、そろそろいいか。お茶とお菓子の補充してきたいんだが」


「ダメだよ! 何も解決してない」


「私も、そろそろお手洗いに行かせて欲しいっす」


「ほら、三守も限界みたいだしさ」


「ちょ! 何言ってくれちゃってるんすか! 全然、限界ちゃいますが!!」


「由衣、察してやれ」


「もう仕方ないな」


「ちょー!! 限界とかじゃないっすよ!!」


「……すまんな」


「だから勘違いですって!!」



 敵を騙すにはまずは味方から戦法。しかし、三守が限界に近かったとは気づいてやれなくて不甲斐ないばかりだ。察しているのも、それはそれでキモいが、それとなくでも気遣いくらいはしてあげるべきだった。一生の不覚。

 とりあえず、『ごめん』という意を込めた目線を送っておいた。何やら、抗議的な目線が届いたが、きっと気恥ずかしいんだろう。先輩は、何でもわかっているさ。さぁ! 行くんだ後輩!



◇◇◇


「三守、さっきはごめんな」


「ちょ! だから、違うんす!! 全然限界とかじゃなくて!!」


「いいんだ。わかってるさ」


「だーかーら!! 違うんすよ!!」


「え? 違うのか?」


「そう何度も言ってるじゃないっすか! ほんとデリカシーないっすよ!!」


「え? 由衣の事だぞ」


「え?」


「え?」


「「え?」」


「あ、てっきり」


「てっきりなんだ?」


「な、何でもないっす! さ、さ。こんな事は忘れて他のことしましょう!」



 なんだか気まずい雰囲気がする。きっと、三守も由衣に対して何か思う事があるんだろう。後で俺からも由衣に言っておこう。

 とりあえず、補充したお菓子をパクり。んん!? な、何だこれ。美味しい。



「三守、これ美味しいぞ。ほれ」



 俺は三守の口に向けて棒状のスティック菓子。いわゆる、ポッ○ーを差し出した。それに応えるかのように三守は口を開けてくれる。その口の中にそーっとポッ○ーを入れてあげる。



「んー。おお! これ美味しいっすね。ほのかな、バニラの香りにフルーティーな後味。そして、主張の激しくない酸味。絶妙なマッチで最高っす」


「だろ! 美味しいよな。ほらもう1本。あーん」


「あーん。うん。美味しいっすね!」


「期間限定らしくて、つい買ってしまったが、当たりだったな」


「ナイス判断っすよ。先輩。さすが」


「やめろよ。照れるじゃねえか」


「照れてるなら、表情筋動かして欲しいっすよ。あははは」


「俺はこの表情から動かせないんだよ」


「難儀っすねー」


「まったくだ」



 この顔の表情筋をもう少し柔らかくしたら、表情が柔らかくなったりしないのだろうか。ものは試しか。



「三守、俺の顔揉んでみる?」


「えー。だるいっすよー。それに私に何も利点ないじゃないっすか」


「それもそっか」


「……いや。やっぱりやるっす!」



 おぉ……。急にやる気になったな。何かあったな。

 おっふ。ち、近い。忘れてた。顔を揉んでもらうって事は顔と顔が近距離で対面するわけじゃん。うぅ。かわいすぎて、正気でいられるだろうか。後輩、顔は結構かわいいし、俺の好みでもある顔立ちしてるから相乗効果でだいぶキラキラしてみえるんだが。

 俺、もしかして結構ピンチ?



「そ、それじゃあやるっすよ」


「あ、あぁ」



 俺はベッドの側面に背中をつけて足を伸ばしている状態。一方後輩は、その足の上に乗って俺と真正面で向き合う形となっている。もう、キス5秒前とか言っても通じるくらい恋人距離。何で、俺たち恋人じゃないんだ……。



「お客さん、顔凝ってますねー」



 な、何だ!?

 マッサージプレイとかいうやつか!?

 もしくは、ローイングプレイとかか!?



「そ、そうなんすよー。顔がガッチガチでー」


「そうすよねー。特にこの辺が、ぶふー!!」


「三守、お前! お前が、始めたんだから責任持って最後まで、あはははは。ダメだ。腹いてー」



 何故だか知らないが、俺たちのツボにハマったらしくしばらく笑ってしまいお腹が痛かった。先程までは、あんなに緊張してたのに、もういつも通りの2人だ。それが、たまらなく嬉しい。



「どうだ!」


「うーーん。びみょーに、口角が上がった気がしなくもないような気がするっすね」


「おお!」


「いや、そんな興奮できるほど変わってないっすよ。あと、真顔には変わりないんでその顔でそのテンションはぶふっ。あはははは」


「おい! 人の顔見て笑うな!」


「だって、おかしいんすもん! あはははは」



 俺の顔見てそんなに笑われると結構傷つくんだが。まぁ、いいか。三守が楽しそうなら。それに、三守なんだから馬鹿にして……? ま、まぁ、悪気はないだろうしいいだろう。



「さて、ついにこの時間が来てしまいましたね」


「なんかあったか?」


「何って勉強すよ!」


「あー。お前、勉強あんまり好きじゃないもんな。その割には点数高いけど」


「いい点取らないと両親に怒られますからね。そこは仕方ないっすよ」


「大変だなー」


「いいっすよね。頭いい人は」


「いいだろー」


「うわー。むかつくー」


「どんどんむかついてくれ」


「先輩のあほー」


「どわぁ!」


「先輩、油断してましたねー!」



 さすがに油断しすぎていた。まさか、飛び付かれるとは、今も、髪をいじられてる。な、なんかいい匂いが! これは思いっきり吸い込むべきなのか。



「先輩、ほんと完璧超人じゃないっすかー」


「あー、俺もそう思う」


「謙遜しないんすね」


「自慢できるくらいだとは自信があるからな」


「ふーん」


「お前、興味なくなっただろ」


「ご名答っす」



 三守から話題振ってきたわりに興味なくなったからって返事が適当になるのはどうかと思うぞ。もう少し話を続けるくらいの努力はしてもいいんじゃないか。



「じゃあ、三守はこんな完璧超人の俺といれて幸せ者だな」


「そうっすねー。私は幸せ者ですー」


「そ、そっか」


「あー、先輩照れてるっすよー」


「うっせえ。勉強するぞ」


「はーい」

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