魔法の宝石


 左手の時計を見る。


「懐中時計は辞めたの?」


 普遍的なのに鋭いことを言うカノン。



「……なんで知ってるんですか」


 俺は王子として時計は手に持っていた。


 今は丸い時計を手首に巻いて内側から見ている。


「会ったことあるし」


 俺が出会ったことがある王子は……。


「会いすぎて分かりませんわ」


 メイクが落ちてしまえば分かるのかもしれない。


「これから、どうしよっか」


 時計付きの手首にカノンの細い指が纏わりつく。


「授業はもうない」


 時計から視線を外す。カノンと目が合う。


「ご飯にする? お風呂にする? それとも……」



 カノンに学園の外まで連れて行かれ、いかがわしいお店に押し込まれる。


 助けすら呼べそうにないちゃぶ台一つの個室。


 カノンの怪力に力強く座らされ……。


『学園の食堂はもう古い! 時代は学割の旅館!』


 丸く低いテーブル。


 向かい合うようにカノンも座った。



「そうなんですねー」


「ルールを弄ったから」


 なんと十割引で暮らせると言っていた。


『お料理をお持ち致しました』


 ドアが開かれ、この安っぽい空間には不釣り合いな紳士が入る。


 その手にも不釣り合いな銀色の食器を丸皿に乗せて。


「価値観がおかしいのでは?」


「ボロボロの飲食店に学園が間に入っただけ」


 何かしらの何かしらが安いテーブルに並ぶ。


「ローアレイのホーマンドです」


 見た目は完全に甘そうなミートボール。


 ミートボールですよね、なんて言った日には一瞬にして肉団子だろう。



 紳士は気がつくと居なくなっていた。


「いただきます」


「はい、あーん」


 たまにカノンから食べさせてもらいながらの食事。


 慣れない俺に優しくしてくれるのは聖人なのか、それとも潔白なうちに懐柔する咎人か。


 少しでも可能性が残る状況が憎かった。


「ごちそうさまでした」


 食べ終えるとどこからともなく紳士が食器を回収しにきた。



「次はお風呂だよね……ねっ!」


 両手がカノンの手の中に纏められ、両足の間に割り込まれ、目の鼻の先まで詰められる。



 一瞬、その明るい瞳に吸われそうになった。


 胸の正体を知れるなら悪くない賭け。


「入りましょう」


「やった!」


 お風呂場で服を脱ぎ合う。カノンの下着も白色。


 肝心の胸は本物だった。


「本当に大きいです」


「女性と比べたらまだまだ……」


 男性としては大きな胸に偽りなき赤みがかった突起を備えていて。


「興味深いですね」


 肘を曲げて胸元を強調するように胸を張るとプルプルと何度か跳ねた。


「そ、それはそれとして!」


 カノンは急ぎ足でお風呂場に駆け込み、銅製の機械にピンク色の宝石をはめ込んだ。



 その先の持ち手から放射上の水が湯気を纏って出てくる。


「これは?」


「ジェムとジェム駆動ってとこ」


 ジェムは魔法を魔法で封じ込めて作ることが出来る高度な宝石。


 それを人の手ではなく機械で活用しているとは。


「これも学園の王子の発明、凄いよね」


「関心します」


 カノンに背中を流してもらいながら顔の化粧を洗い流す。


「あの時の顔と変わらない」


「よく覚えているな、ますね」


「国交に関心がなかったから」



 汚れを落としきって今度は俺がカノンの背中を流す。


 背中も俺とは違ってつるつるすべすべ。


「化粧は落としませんか」


「ハルカに嫌われたくないからやだ」


 流し終えた俺は風呂場を出て化粧を付けた。


 寝る時もカノンは化粧をするだろう。


 俺も合わせることにした。


 しばらくしてカノンが出てきた。


「ハルカのジェム欲しい」


「属性は?」


 俺の隣にシュバッとした勢いで座ってくる。


「選べるくらい使えるってこと?」


 普通は一つか二つしか使えない魔法の属性。


 俺はほぼ全部使うことができる。


「闇だけ使うことができません」



「闇だけ……」


 ため息混じりに呟くカノン。



「カノンは?」


「闇しか使えないみたい」


 闇のジェムが欲しかったのかもしれない。


「それで、どれが欲しいんですか?」


「全部」


「作ったことないけどやってみます」



 手の平の上に魔法を溜め込む。


 水色を裂く白濁とした氷。


 真っ赤に燃える火を包む泥色と乾かす暴風。


 それを照らす光。


 カノンが手を重ねて日陰の闇を注ぎ込む。



 全ての色を持ったオーロラのような大粒の宝石が俺の手に落ちる。


「どうぞ」


 手を皿のようにしてそれを両手で受け取るカノンは、俺の事は眼中に無いようだった。


「困ったら使ってください」


「ハルカの初めて、貰っちゃった!」


 人聞きが悪いことを嬉しそうに言ってくれる。


 疲れる意味はあったみたいだ。


「これからジェムを作り置きしときますか」


「冒険する時に役立つね」



 カノンは未だにジェムを眺めていた。


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