第3話 風見真凜22歳。大学2年生。同棲中

 さて。真凜は大学だけど俺は講義がないから、部屋の掃除でもするか。

 そのあと買い物に行って夕飯の準備は……。二人で行った方がいいな。

 よし。決めた。掃除だけしておこう。

 ああ。早く会いたいな。

 うっ……。

 か、体が、熱い……。

 ま、まさか、赤ちゃん化するのか?

 う、ううっ……。

 元に戻ったとき全裸でも不自然にならないように、お風呂に……。

 だ、駄目だ。

 急激に背が小さくなってきた。

 ま、間に合わない……!


 ガチャッ。


 背後からドアが開く音がした。

 いったい、だ、誰が……。


「ただいまー。午後の講義、ないなったー。いい天気だし、サンドイッチでも作るから、そこらの公園にデートでも行こー」


 とてとて。


「あれ? いない? あーくん、トイレー?」


「ん? えっ?! びっくりしたーっ。なにこの赤ちゃん……。え? え? 本物? え? なんで……。え? え? 赤ちゃんって……」


「まさか、浮気?! ひどっ! 私のことだけずっと愛してるって言ってたのに!」


「ち、違うよね? 誰かの赤ちゃんを預かっただけだよね? あーくん、いるー? どこ? ねえ? この子、誰? ねー?」


「いないの? じゃあ、浮気相手が置いていったの?」


「あーっ! ごめんね。大きい声を出してごめんね。静かにするからね。よーしよし。君は悪くないよね。よしよし……。ほーら。抱っこ、抱っこ。よーしよし。泣きやんだ。えらいねー」


「えっと、えっと……。あーっ……」


「おーきな、栗の、木の下でー。ふーふーふーふー、ふーんふーんふーん。あー。ごめんね、歌詞分かんない。記憶にあるはずなのに、焦っちゃって出てこない」


「あっ。良かった。こんなのでも、泣きやんでくれた」


「……あいつの子供だ。目元そっくり……。お腹のほくろまで同じ場所にある……。遺伝してるんだ……」


「あいつ、戻ってきたらとっちめてやる……。私とたくさんしてるのに、他の女ともしてるなんて……。一生私のことを愛するって言ってたのに……!」


「あーっ! 怖くない! 怖くないから、ごめんね。べろべろばー。泣かないでー。怖い顔しちゃって、ごめんねー。お姉ちゃん、怖くないからね? ね?」


「ほーら。怖い顔は、いないない、ば~~っ! お姉ちゃんは笑顔でちゅよ~。だから、泣かないでね、ね……」


「泣か……ない……で……」


「ひぐっ……。うぐっ……。何が、駄目だったのかな……。私、あいつのことずっと好きだし、あいつも私のこと好きだって、信じてたのに……。幼馴染みで、高校も大学も同じとこにして、同棲もしてさ……。ファーストキスも、初めての相手もあいつだったのに……。なにもかもが順調だと思ってたのに……。うぐぅ……」


「クリスマスもお正月も誕生日もいつも一緒だったし、サークルの新歓のときだって、すぐに帰ってきたし、浮気とか、そういう気配、まったくなかったのに……」


「はーあ……。君はなんにも悪くないよね。愚痴っちゃってごめん。浮気されるわたっ……。私が……。ひぐっ……。ご、ごめん。トイレ行ってくる……」


 タタタ。

 バタンッ……。


「うえっ、えっ……。ひぐっ……。ふっ……。うっ……」


「やだあ……。あーくんのこと大好きなのにー。うぇえぇ……」


「ひぐっ……。何が、駄目だったんだろう……」


「初めての時、嫌われたくないから、勉強しておいたのがよくなかったのかな……。本とか動画で予習してたから、他の男と経験があったって誤解させちゃったのかな……。やだぁ……」


「……赤ちゃんのこと放っておいて怪我させたらよくないし、いつまでも籠もってるの、よくないよね……」


 カチャッ。パタンッ……。


「ひとりぼっちにして、ごめんねー」


 うっ、ううっ……。

 か、体が熱い……ッ!


「え?」


 真、凜……ッ!

 不安にさせて……。

 ごめんっ!


「待って、待って! え?! 赤ちゃんって、そんな急激にデカなる?!」


 う、おおおおっ!

 真、凜……ッ!

 いつも、元に戻るときは身体が熱かった!

 だったら、お前への愛の炎で身体を燃やして……元に戻ってみせる!


「待って! ど、どうしよう。病院?! 救急車?」


 うおおおおっ!


「ん? は? え? ちょっと、あれ?! はああああああああああああああっ?!」


 はあはあ……。

 俺だ!

 真凜ッ!

 愛してる!

 浮気なんてしていない。

 今の赤ちゃんは俺だ!


「今の赤ちゃんは俺ぇ?! とんでもないパワーワード。なにそれ、あっ、いや、自分の目で見たことだけど、信じられない!」


 信じられないだろうけど、信じてくれ。

 俺はお前一筋だ。

 思いだしてくれ。昔から、俺んちに赤ちゃんがよくいただろ。


「た、たしかに、よく赤ちゃんがいた」


 その時、いつも俺の服が落ちていただろ。


「あ、うん。あーくんの服だけ落ちてて、近くに赤ちゃんいた……」


 あれ、全部、俺。

 俺が赤ちゃんになって、身体が小さくなって服が脱げていたんだ。

 俺が小さい頃は自覚なかったけど……。

 いつからか、確信したんだ。俺が、赤ちゃんになっている。


「そ、そうなんだ……。え、えーと。混乱中。私、めちゃくちゃ混乱中……。とりあえず、ぶらぶらしてるの隠しなー」


「いや、見るの初めてじゃないとか、そういう問題じゃなく、昼間からぶらぶらしないでよ……」


「照れてない! ふーん。そうか。そういうこと言うんだ。そっちがその気なら……。ちらっ……。ふーん。……さっきと、そこのサイズはそんなに変わらないんだね」


 うぐうっ!

 そ、そんなことない!


「あははっ! ダメージ受けてやんの! 私を不安にさせた罰だから、目一杯苦しめ!」


 う、ううっ。誤解だったのに……。

 で、でも、反省します。はい。


「……本当に、不安だったんだからぁ……」


 ごめん……。


「ハグして」


 ああ。


「もっとぎゅーって」


 ああ。こうか。


「キスして」


 分かった。

 ちゅっ……。


「右だけじゃ、や。左も」


 分かった。

 ちゅっ……。


「唇のちゅー」


 ああ。

 ちゅううううっ……!

 ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅっ!


「……ねえ。赤ちゃん見てたら、私も赤ちゃん、ほしくなっちゃった……」


「あーくん……。し、よ……。いっぱい、いーっぱい、私のこと、愛して」


 ああ!

 俺は陽が暮れるまで真凜と愛しあった。

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