初仕事8
帰り道、関越道。
蓮田から明確な答えを聞かないままふたりは帰路についていた。死んだようにぐったりと眠る舞、新堂は運転席からその姿を横目で眺めていた。
太陽はまだ斜に構え、春の緩やかな日差しが車内を明るく焦がす。四月とはいえ昼間になれば汗ばむほどに暑くなるのは異常気象が原因か、こうも例年暑いと異常が一周まわって正常のように感じられてしまう。
「ん……」
昼前、渋滞もなくまばらに車の姿が見える中、新堂はハンドルを左に切る。主の意向に従い車は伸びきった列から抜けて横道、サービスエリアの方向へと進路をとっていた。
「……すみません、寝てました。もう着いたんですか?」
車が停車すると同時に目を覚ました舞は、辺りも確認せずに的外れなことを口にする。運転手に気を使うくらいは出来るようだが、
「いや、煙草に立ち寄っただけだ。トイレ行かないなら待ってていいぞ」
言った瞬間、この世の怨恨を全て煮詰めたような暗い顔を見せる少女は視線だけで人を殺せるほどに鋭い眼光で新堂を睨みつける。そんな顔をされるいわれがないのに鬼気迫る表情は罪悪感を掻き立てるに十分で、謝罪の言葉が口から零れそうになるのは社会人の悲しき
「……私も行きます」
返答にまごつけば会話にならず、だらしない亭主を見かけた時のような諦めのため息をついて舞は言う。
「別に付き合う必要は――」
その態度に思うところを飲み込んで口を開いた新堂に、舞は私物のバッグに手を入れ慣れた手つきで取り出したのはポーチ、お手製のツギハギが目立ついくらか生地の毛羽立ちの見える小汚いものをこれ見よがしに掲げ、
「――私も喫煙者なので」
「お、おう。そうか……」
昨今では少なくなった愛煙家仲間であることを告げられては不満よりも嬉しさが勝ってしまうのはそれだけ肩身の狭い思いをしている証左であった。
「ああー……」
隣から聞こえるのは至福の声で、一年禁酒したオヤジがビールを喉に通した時よりも汚い感嘆だった。
我慢は辛いことを知っている新堂は同じように久方ぶりの煙草を目いっぱい吸い込む。二秒、三秒と肺に溜め込んだ煙が足の先から頭まで虫が這いずるようなむず痒さで肌を震わせる快感に酔いしれる。蓮田が吸わない人だったので少しでも心象を下げないようにと堪えていた関が一気に切れ、余韻に心を震わせる。
しかし、
……気合い入っているなぁ。
何かと言えば隣の少女である。彼女が咥えているのは紙巻きたばこではなく木の温もりを感じさせるパイプ、珍しいタイプの喫煙方法であり外で吸うようなものではないのだが、手軽さを犠牲にしたその味は紙巻きとは違う甘美さがあるらしい。嗜好品という観点から見れば舞のほうが正しく、格の違いのようなものを見せつけられている気にもなる。
かと言ってその声はうら若き女性として品がなく、ただそんなことを口にすればたちまち機嫌を悪くすることは明白で、悦楽に浸っているところを邪魔しないように別の話題を提示する。
「ダンジョンについて、よく知ってたな」
先のこと、蓮田への説得は堂に入っていて間違いもなかった。まだ新人研修すらしていないはずなのにその正確な知識をどこで得たのか、気になったからだ。
「採用面接のためにホームページ熟読しましたから」
「利益関係はあまり載ってないはずだが?」
「それは……友達? にダンジョン関係の職に就いている人がいるのでよく話を聞くんですよ」
納得出来る内容だが友達と明言しないところが気にかかる。
その時、
「すみません少しよろしいでしょうか?」
急に声をかけられ、ふたりは振り返る。
そこに立っていたのは特徴的な制服に身を包んだ2人の男性だった。
「なんでしょうか?」
上司として応対する。その横で舞は財布から一枚のカードを取り出して、
「未成年じゃないですので。お疲れ様です」
流れるような手つきで免許証を渡す。
……なるほど。
年齢を知っているから疑問を抱かなかったが傍から見れば舞は未成年、並んで煙草を吸っていたら新堂まで叱責を受けるところだった。
受け取った警察官は舞の顔と手元の写真を何度も見比べてから、
「……ご協力ありがとうございます」
舞に返して含みのある表情で帰って行った。
「こういう時って警察絶対笑わないですよね」
免許証を戻しながら、場を和ますための軽口を叩く。
「助かった、良くあることなのか」
「こんな見た目ですから。十年前で成長止まっちゃったみたいなんですよね」
遺伝的には大きくなるはずなんだけどなぁと、愚痴がこぼれる。その姿をどうしても想像できず、新堂は顔を背けるしかなかった。
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(改訂版)半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 仁 @jin511
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