エレクトロハンマー(雰囲気)
前足による踏みつけを避け、フェクトはスキルを解除した。全身を包んでいた雷のエフェクトが消える。そしてハンマーに向かって走った。
ブラッドムーンウルフはフェクトを追えない。どころか、あらぬ方向に攻撃をした。
残像効果だ。雷エフェクトの激しい光の点滅を注視していた影響で、ブラッドムーンウルフの網膜にはフェクトの残光が見えている。ダンジョン自体は完全な暗闇というわけではないため、フェクトの姿を見失うほどではない。ただ、光という情報が視覚的に強いため、急に光を発さなくなったフェクトを目で追えなくなったのだ。数秒程度で元に戻るが、ハンマーを取るには十分だ。
ハンマーを握りしめる。全身の筋肉を使って持ち上げる。かなり重いが、持ち上がった。
肩に担いで、ブラッドムーンウルフに突撃する。
「目ぇつぶっててくれぇ!」
大声をあげる。言葉を解さないブラッドムーンウルフはそれを音としてターゲットを補足し、安全地帯にいるバミィには警告として響く。
「行くぜぇ! 俺の必殺ぅ!」
こちらに飛びかかるブラッドムーンウルフの一撃を飛び上がって避ける。そして、ブラッドムーンウルフの頭上に飛んだ。
ハンマーが激しい閃光を放つ。周りに雷を撒き散らし、眩い光でフェクト自身が見えないほどの光がダンジョンを照らす。
至近距離にいたブラッドムーンウルフは怯んだ。エフェクトが消え、ダンジョンの薄暗さを取り戻した直後での閃光はブラッドムーンウルフの視界を完全に潰し、また光の刺激によって怯ませたのだ。
場しのぎ、時間稼ぎ。
閃光の効果はそれだけだ。しかしそれで十分だ。
大きな隙は最大のチャンス。
その頭に渾身の一撃をお見舞いしてやる。
閃光の中、背中に何か柔らかい感触がした気がした。
そして。
「グラビティ!」
耳元で声がする。
それが何なのか理解する間もなく、振り下ろしたハンマーでブラッドムーンウルフの頭を叩き潰した。
◯
「ほ、本当に持ち上げちゃった!」
ハンマーを持ち上げるフェクトの姿。それを見たバミィは驚いた。持ち上げるならまだしも、構えられている。自分が、振り下ろす瞬間だけ重さを倍加させているハンマーを、重さが全く元に戻っていない、スキルで最大限重くした状態で使用している。
信じられなかったが、目の前に起こっているんだから仕方ない。
「目ぇつぶっててくれぇ!」
バチバチとハンマーが紫電を走らせ始める。目をつぶれ、という言葉にフェクトが何をしようとしているのか、何となく予想できた。
反射的に、バミィはフェクトに走った。
ブラッドムーンウルフは完全にフェクトに気を取られているし、おそらくフェクトはトドメを刺しに行っている。
敵がノーマーク状態であれば、やれることがある。
メガネデバイスの機能をオンにする。サングラス化……遮光効果だ。そしてフェクトを目指す。
ブラッドムーンウルフよりはるか上に飛び上がったフェクトは激しい雷エフェクトを発生させる。
本物と錯覚してしまいそうだが、違う。降り注ぐ雷の中を、バミィは突っ込んだ。
スキルを発動して自分を最軽量化させ、フェクトがいるであろう場所へ飛ぶ。両手を広げて、手探りでフェクトの体を把握すると抱きついた。
ハンマーなら振り下ろしだろう。
激しい閃光でブラッドムーンウルフも避けるという思考を失っているはずだ。
「グラビティ!」
ハンマーとフェクトの重さを最重量にする。ハンマーは一度に重くできる重量まで重くしてあったので重ね掛けになる。自分まで重くするとフェクトの負担になるのでやめた。グラビティのスキルは重さの変更であり、重力そのものに作用はできない。自由落下速度は重さでは変わらないので加速はできないが、叩きつけたときの攻撃力は増すだろう。
現状の最大攻撃力……のはずだ。
ハンマーが振り下ろされ、凄まじい衝撃と衝撃波が起こる。フェクトの体越しに攻撃が当たった感触がした。衝撃波に耐えきれず、バミィは体が飛ばされる。
身を回転させながら着地し、閃光が消えた先を確認する。
頭を破壊されたブラッドムーンウルフが倒れていた。
勝った。
「……凄い」
本当に、勝ってしまった。
◯
思ったより威力が出た。
床に叩きつけたハンマーの重さが明らかに増しているのと、自分の体が重くなっていることを感じ、首をかしげる。
「おつかれさまでした。あと本当にありがとうございます」
肩をトン、と叩かれる。
ハンマーが羽のように軽くなり、フェクト自身の体も軽くなる。目を向けると、バミィが可愛らしい笑みを浮かべていた。
「あぁ、バミィさんのスキルですか」
「はい。重さを重くしたり、軽くしたりできるんです」
「じゃあ、バミィさんのおかげで勝てたんですね」
バミィは気まずそうに目をそらす。
「い、イヤァ……フェクトさんツヨカッタからボクいらなかった気がする」
「そんなことないですよ」
光の粒子となるブラッドムーンウルフを眺める。
「重ければ重いほど致命打になりやすいですからね。俺ひとりの力じゃ仕留めそこねた可能性もありますし。機転を利かせてスキルを使ってくれるだなんて、さすがBランクです」
エフェクトのスキルに攻撃力強化はない。演出効果、効果音それによる錯覚などが主だ。
プラシーボ・ノーシーボ効果のように、エフェクト発生時の見た目からの思い込みで自分自身のパワーが上がったり、相手が実際よりもダメージを受けたと勘違いしてくれることはあるが、まぁ、実際の威力には何も影響しないのだ。
ダンジョンのボスはフェクトの身体能力だけで通用する敵ばかりとは限らない。フェクトだって人間で、相手はモンスター。肉体構造上の不利や身体能力が劣る可能性は十分ある。
少しでも確実に仕留められる一撃に近づけられるなら、これほど安心できるものはない。
そう思って言うと、バミィは顔を赤くした。
「そ、そうやって褒めてもらえると、嬉しい……ふへへ」
可愛い。
フェクトは心のなかで手を合わせた。一度だけとはいえ、可愛い女の子、しかもBランクの実力者。こうしてダンジョンで会えた体験に、心から神に感謝した。エフェクトや自分の肉体を鍛えることに没頭しすぎて女性といったものに縁がなさすぎる。何なら友人もいない気がする。そんなフェクトには一時の癒やしだった。
消え去ったブラッドムーンウルフから毛皮のドロップ品と大きな魔石が落ちる。
「よっ」
それらを両脇に抱える。
「どうやって分けましょうか」
「ドロップ品はフェクトさんが自由に使ってください。ボクほぼ何もしてないし、命を助けてくれただけで十分なので」
「じゃ、遠慮なく」
もらえるのならもらっておこう。
「では、核を破壊しにいきましょう」
バミィの提案に、フェクトは頷いた。
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