スキル「エフェクト」

 男はバミィを抱えたまま、狭い道に飛び込む。行き止まりの小部屋でしかなかったが、ひとまずの安全地帯であった。


 ブラッドムーンウルフは狭い道に入ってこれない。


「……立てそうですか?」

「え、あ、はい」


 ゆっくり下ろしてくれた男に頷くながら、バミィは立つ。


「あの、危ないところを助けて頂いてありがとうございました」


 コメントでは「神」や「ありがとう」等男に感謝するコメントで埋まっていた。


「いえいえ。俺、フェクトっていいます」

「どうも。バミィです」


 お互いシーカー名で名乗る。無論本名ではない。

 フェクトはあまり装備を整えているようには見えなかった。服装は動きやすさを重視されたものであるし、ショルダーバッグを背負っているだけだ。バミィのように装備を充実させているわけではない。ただのCランク冒険者、だろう。やや筋肉質に見えるだけであまり個性は見えてこない。若く、少なくとも大学生くらいか、新社会人といった年齢だろう。


「バミィさんはランクは」

「Bです」

「あれ、もしかしてお邪魔でした?」


 フェクトはまいったなという顔をする。バミィは首を振った。


「あいつB+のモンスター、ブラッドムーンウルフです」

「げっ、ここCランクダンジョンじゃないんですか」

「の、はずですけど」


 道の先のブラッドムーンウルフを見る。こちらを警戒しているものの、距離はある。


 配信をしておけば視聴者がダンジョンの現状を報告してダンジョンの難易度が見直される。被害者が増えることはないだろう。


 問題は――。


「あいつどうしましょうか」


 ここをどう脱出するかだ。ブラッドムーンウルフを倒さなければ出られない場所に来てしまった為に、出られない。


「Aランクが来るまで耐えるとか」

「Aランクが救出に来てくれるとして、何日かかるかわかりません。フェクトさんは食料あります?」

「ないです!」


 なぜか自信満々で答えられた。


「ボクも、軽いものしか」


 一日、二日は食料があるが、それ以降は持たない。ましてや二人となると。Aランクのシーカーは希少、Sランクは国にひとりいればいいといった感じだ。Bランクのシーカーをかき集めるのにも日数が必要だろう。


 下手すれば――餓死する。


「……一回戦ってみますか」


 拳を握りながらフェクトが言う。


「え? フェクトさんもBランクなんですか」


 装備からCランクと判断したが、Bランクなのだとしたら協力して倒せる可能性が出てくる。浮つきながらバミィは返事を待った。


「いえ、Cです」


 ずっこけそうになる。


「無謀ですよ! ランク差がとんでもないんですよ!」


 ランクが上のモンスターは絶対に倒せない。プラスとなればなおさらだ。


「あっ、もしかしてスキルが強いとか」


 両手を合わせて、バミィは問う。


 スキルがひとつなのはスキルを扱うに適した体になっているから――そしてスキルの中には一発逆転の超強力スキルもある。一撃だけ超強力になるようなスキルがあればどうにかなるパターンもある。


「俺のスキルですか? エフェクトです」


 血の気が引いた。


 聞き間違いかと思った。


「え、えーっとなんて?」

「エフェクトです」

「デメリットがあって、ものすごい強力な一撃が出せるとか」

「いえ、エフェクトです。演出効果です」


 バミィは天井を見上げ、盛大にため息を吐いた。なんなら泣けてきた。


「終わった……」


 コメントではバミィの心情を代弁するように「ゴミスキル」「外れじゃん」といった言葉が飛び交っている。


 スキルは個性といってもいい。あまり貶したくはないが――この場では正直ゴミといっていい。ゲームのように動きにエフェクトがかかるだけで戦闘には一切恩恵をもたらさない。


 コメントには「俳優やったほうがいい」と流れたがその通りだ。


 シーカーとしてCランクの実力が保証されていて、スキルは全く戦闘向きではない。命を助けてくれた人が無謀に挑んで死ぬのは見たくはない。


「大人しく救援を待ちましょう。ボクでも無理だし……」

「ちなみにあのハンマー借りてもいいですか」


 フェクトは床に置かれたハンマーを指差す。攻撃が不発した際に手放してしまったのだ。


「持ち上がらないと思います。ボクのスキルで最大限重くしてありますし」


スキルで反映させた重さは何もしなければ一時間は持続する。車を片手で投げられるような筋力でないと振りませないだろう。


 バミィ専用の武器であるから重さが戻れば丈夫なだけのただのハンマーに近い。


「持ち上がればいいですね」

「いやだから持ち上がら」

「バミィさんはここで待っててください。じゃ行ってきまーす」

「話を聞けっ!」


 コンビニ行ってくるのようなノリで道を走り出すフェクト。それを掴んで止めようとするが間に合わなかった。


 風が吹く。そして何かが落ちた。いや落としたのだろうか。


 リストバンドだった。フェクトが身に着けていたものだ。それが布とは思えない音を響かせて床に落ちた。


「……え?」


 フェクトとリストバンド交互に見る。両手で持って、リストバンドを持ち上げようとしてみる。


「……へ? 嘘……持ち上がら……ない!」


 思いっきり引っ張ってもビクともしない。確かに体は重点的に鍛えているわけではないが、ダンジョンに潜っていれば身体能力は常人の範疇を超えてくる。


 そのバミィの体で持ち上がらない。


 そしてフェクトはそれをつけた状態でバミィの体を抱えてここまで来ていた。


「こっちだ狼!」


 雷を身に纏いながら──ただの演出で何の効果もないのだろうが──叫ぶフェクト。


 どう考えても無謀であるのに、なぜか期待してしまう自分がいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る