[完結]外れスキル「エフェクト」で行くダンジョン攻略! 〜え? 俺が助けたの、配信者だったんですか!?〜

月待 紫雲

ダンジョンと配信者とシーカー

 ダンジョン。その存在がいつから出現するようになったのかわからない。ただそれは貴重な資源の宝庫であり、そして人類の脅威として出現した。


 何かの建物、洞窟……あらゆるものの出入り口でソレは発生する。見分けるのは入り口が透明で青い膜で覆われることと、下から燃えない青い炎が揺らめくことで、判断がつく。


探索者シーカーランク確認しました。どうぞ、お入りください』


 コンビニの自動ドアが開きっぱなしになり、ダンジョンの入り口と化したその場所で、ひとりの男が拳を突き合わせる。


「さぁ、稼ぐぜ」


 ダンジョン探索の資格を得て、それを生業とするもの。

 それを世間では探索者シーカーと呼ぶ。








「はーい、おはこんちばん。今回は近くのコンビニにダンジョンが発生したので配信攻略していこうと思いまーす」


 ダンジョンの薄暗い通路で虚空に向けて手を振る少女。


「魔力測定結果のランクはC。Bランクのボク、バミィはちゃんと配信基準を満たしております〜!」


 にこやかに虚空……浮かぶスマートフォンに語りかけるバミィ。スマートフォンにはドローン機能が搭載されており、所有者を追尾して撮影ができる。彼女はそれで「生配信」をしているのだった。


 小柄でくりっとした瞳を持つ、黒髪ショートカットの少女だった。ゆったりした黒のジャージには緑の蛍光ラインが入っており、ハーネスベルトで体のラインがややわかるようになっている。サイクロプスサングラスのような見た目のデバイスをつけており、そのレンズには文字が流れている。生配信視聴者の「コメント」をリアルタイムで拾うためのデバイスだ。


「結構広そうだね〜。じゃあ行ってみよう」


 拳を振り上げてバミィは進む。


 ダンジョンは「入口」を媒介にして出現する異世界、と説明するのが手っ取り早い。例えばスーパーの入口にダンジョンが出現しても、出口からスーパーを出入りすれば問題なくスーパーは利用できる。スーパーの入口をくぐると、ダンジョンに飛ばされてしまう。全く異なる形状のダンジョンもあれば、入口にした建物を模倣したようなダンジョンもある。


「お。さっそくモンスター発見」


 バミィの視線の先には石で構成された人型の異形がいた。


「よし、早速砕こう」


 バミィは腰から片口ハンマーを取り出す。片手でも扱いやすいものだ。ゆっくり近づき、周りにも敵がいないか確認する。


 バミィは跳躍するとモンスターにハンマーを叩きつけた。細腕から繰り出されるとは思えない衝撃がモンスターを一撃で砕く。


 モンスターは光の粒子となって、青い石を落とした。魔石と呼ばれる、換金のできる資源だ。


「ちぇっ魔石だけか」


 デバイスのコメントに「さすがグラビティのスキル」「かわいい、強い」とバミィを称賛するものが流れる。


 スキル。それはひとりにひとつが基本だ。十二歳でスキルの判定を受け、そのスキルで就職が有利になったりもする。大半はあまり目立たないものだが、中には強力なものも出現し、強いスキルはダンジョン攻略の要になる。


 バミィのスキルは「グラビティ」。自分とその周りの重さを重くしたり、軽くできるスキルだ。


「どんどん行こう」


 ぶんぶんとハンマーを振りながらバミィはダンジョンを進む。道が入り組んでいるが、スマートフォンがマッピングをしているので帰り道だけは把握できる。


 ダンジョン攻略は基本命がけだ。ダンジョンを放置しすぎると中のモンスターが人里に出てきてしまうこともあるし、それで悲惨な事件も起こった。それゆにダンジョンの最深部に行き、中核となる核魔石を破壊しなければならない。まぁ、核というだけあってそこにたどり着くにはボスモンスターの存在があるのだが。


 あまりにも危険で攻略が難しいダンジョンは定期的に探索し、モンスターをいくらか狩って引き返す、という方法で治安を維持する。


 そんな危険な現場を配信することにはもちろん意義がある。


 ダンジョン攻略には金がかかる。


 生活費はもちろん、モンスター相手を想定した装備に、ダンジョン攻略をより安全にこなすためのデバイスや道具。


 バミィがダンジョンを攻略し、Bのランクにたどり着いたのはスキルが強力であったのもあるが、道具の力も大きい。ドローン機能付きの高性能ダンジョン向けスマートフォンも配信以外で助かっている場面が多い。また、見た目よりも容量が大きい、シーカーバッグの存在も大きい。バミィの場合は小さなリュックタイプだ。


 無論、高性能、高品質のものは高価だ。しかし、ダンジョンでの収入は魔石と、モンスターがたまに残す「ドロップ品」というものを売るのが基本だ。


 収入が不安定なのだ。


 しかし、動画サイトの配信で有名になれば生配信時に視聴者が送ってくれる「投げ銭」の存在があるし、アーカイブの再生数が多ければ広告収入も入る。バミィの登録者は四万人なので、大手というわけではないが十分生活できるレベルの収入があった。


 というわけで少しでも収入を安定させるために、生配信をしているのだ。


 今ではすっかり制度が決まり、危険性の低いと思われる、自分のランクよりもひとつ以上下のダンジョンの配信であれば申請しなくとも許可される。


 事務所に所属していれば、ダンジョン攻略のアイテムを開発している会社の支援にもなるので純収入は落ちるが結果的にいい装備を揃えられたりする。

 

 モンスターを倒しつつ問題なくバミィはダンジョンを進む。


「そろそろボスかなぁ」


 広い空間に出て、バミィは警戒を強める。だいたい急に広くなったり、大きな扉が現れたりするとボスの縄張りなのだ。


 部屋の中央で、バミィを丸呑みできそうな巨体を持つ、藍色の狼が立ち上がる。瞳は赤く、牙をむき出しにしている。


 その姿を見て、バミィは震え上がった。


「う、嘘。なんで……!?」


 コメントが急速に流れる。


「おいやべえぞ!」「あれB+のモンスターじゃないか!?」「逃げて!超逃げて!」


 バミィは足が震えてまともに動けなくなっていた。なぜならもう、相手に気づかれているからだ。


「あ、あっ……」


 咆哮を上げるモンスター。


 B+。

 ランクは通常D、C、B、A、Sと上がっていく。ダンジョン攻略を生業とする探索者シーカーのランクはこれらでランク付けされるが、ダンジョンやモンスターはその限りではない。

 プラスというのは「同ランクが複数人で攻略しなければならないモノ」を指す。


 ダンジョンのランクに見合わないモンスターが出現することはなくはない。ダンジョンのランクはあくまで外から計測器で魔力量を測り、決定したものであり、正確ではないときもある。それでもボス級ではなく、ダンジョンにいても一匹程度。「イレギュラー」と呼ばれるそれはどうにかなることが多い。


 イレギュラーボスというのは最大級の不幸としか言いようがない。


 B+モンスター、ブラッドムーンウルフ。


 この場にいるのは、Bランクのバミィひとりだけ。


 要するに――詰みだ。


「逃げて!」「早く!」というコメントをバミィは把握することもなく、凄まじい勢いでやってくるブラッドムーンウルフに恐怖を覚えた。


「あ、うわああぁ!」


 急いで横へ飛び込む。転がってブラッドムーンウルフの攻撃を避ける。そして、ハンマーのスイッチをスライドさせる。柄の部分の中の棒が出現して延長され、両手持ちに切り替わる。


 心臓がバクバクするのを感じながらバミィはスキルで体を軽くして飛び上がった。ブラッドムーンウルフの頭上に出て、そこにきて最大限ハンマーと己の体重を重くする。


 そして叩きつけた。


 ――床を。


 ブラッドムーンウルフは上半身を浮かせ、攻撃を避けていた。


 大きく、バミィの体に影ができる。


 開かれるあぎと。地獄の針を思わせる鋭い牙。


 スキルで体を軽量化して避けるのは、間に合わない。


 ――喰われる。


 死の恐怖が、電流のように体を駆け上がった。


「――ひっ」


 落ちる。喰われる。


 目を瞑ったところで――


「おりゃああああ!」


 男の声が響き、自分の体が抱き上げられた。


 巨大なモンスターの頭を叩き割れるほど重くなったバミィの体を。


 簡単に言えば、大型トラックをまるごと持ち上げるようなものであるのに。


「おっっっも!」


 バミィを抱き上げた男は非常に失礼な乙女心を傷つけることを堂々と叫びながら、ブラッドムーンウルフの攻撃を避けてみせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る