第36話 祖国からの手紙

 ミキたち第五中隊が飛行場に到着した翌日、次に高地から下りてくる部隊を受け入れる準備をする事となった。

 もっとも大半の事は飛行場所属の連中がやってくれるので、ミキたちの出番はほとんどない。

 さりとて兵舎で何もせずにいると面倒を押し付けられそうなので、ミキはいつもの三人と飛行場をブラブラ散策していた。

「しかしあれには慣れないな」

 驚いた事に兵舎での雑事の大半は捕虜が行っていた。多くは獣耳族コボルトだが捕虜用の褐色の服を着て、捕虜を示す腕章を巻いているので直ぐに解る。想像していたよりも数が多いようで、飛行場の片隅には捕虜たちの居住区があるくらいだ。もっともミキたちの兵舎のような立派な物ではなく、ほとんどが天幕で難民集落のようだった。

「始めの頃は大変だったみたいッスけれどね」

 何しろ友軍にすら飯が行き渡っていないような状況だったのだ。必然的に捕虜たちにも食事などは行き渡らず、餓死や病死が続出していたらしい。

 そんな状況だったので捕虜たちは輸送物資の荷揚げに積極的に協力した。利敵行為ではあるが、それが自分たちの生存に繋がるからである。飛行場の環境がこれだけ整っているのも、捕虜たちの働きに依るものが大きかったようだ。

「逃げようとは思わなかったのかな」

「さぁな。そいつは捕虜に聞かないと解らん」

 少なくともヨモツ国では捕虜になる事は恥であると教えられている。だから生きる為といえ、積極的に敵に協力するという考えがミキにはよく解らなかった。

 もっとも彼らコボルトがどういう状況で捕虜になったのかは、戦っていたミキたちが一番よく知っている。それを鑑みれば、あるいは仕方がない事なのかもしれない。

 何気なく浜辺まで出てみるとミキたちが上陸した時には想像もつかなかったような立派な船着き場が出来上がっていた。ちょっとした輸送船なら接舷出来そうな大きな物である。よくもまぁこの短時間でこんなドデカい物を作ったと感心を通り越して呆れてしまった。

 もっともそのおかげでこうして補給物資を円滑に送って来られているわけであるから有難い。例えそれが戦場に届くのが遅くとも、だ。

 実際問題、ミキたちが知らないだけで上層部は輜重輸送の貧弱さに頭を抱えていた。本来の計画であれば前線のミキたちが飢えるような事は無かった筈なのだ。ところが道の険しさ等々の諸問題が立ち塞がり、計画は全く上手くいかなかったのである。これは上層部にとって大きな課題となっていた。

 さりとてそんな事情を一兵隊であるミキたちが知っている筈もない。ただ上層部の無計画っぷり(少なくとも彼女たちはそう感じた)に憤るばかりであった。

「しかしこんな大っぴらに作業していて、敵の空襲とかは大丈夫なのかな」

「そういえば最近全然敵機を見ないッスね」

 飛んできていないのだろうか。言われてみると敵機を見ないどころか、友軍機が迎撃に上がっているのも最近は見ていない。

 噂によるとあまりにも損害が多過ぎて、とても連日爆撃出来るような状態ではなくなったのだとか。何処まで本当かは解らないが、事実だとすれば有難い話である。

 しばらく四人でフラフラしてから兵舎に戻ると、各自の寝台の上に幾つも封筒が置いてあった。

「なんだこれ?」

 見てみると内地からの郵便物である。多くは故郷から届いた物だったが、ミキたちが前線にいた為に遅配して何週間も前の物も少なくなかった。

 あまり気は進まないがミキは封を開けて中身を出す。

 どうせ除隊したらどうとか、見合いの話しがどうとか書いてあるに決まっている。向こうからすれば家から奔放した娘など死んだも同然なのだ。安否の心配などしている筈もない。

 案の定、中身は似たような物だった。知った事か、とミキは丸めて屑籠の中に突っ込む。

 それとは対照的に他の兵隊たちはシッカリと手紙を読み込んでいた。

「……おい、ちょっと読んでみろよ」

 なんだか解らないがアサキに手紙を手渡されたのでミキはサッと読んでみる。数枚のうちの一枚なので前後の内容は解らないが、概ね国内の現状を書いた物であった。

「野菜が値上がりして困ってるとさ」

 アサキは深い溜息を吐く。

「……オレたちが食うや食わずで命懸けで戦っているのに、国じゃ何も知らん連中が葱の値段を気にしてる」

 何も言えずにミキは手紙をアサキに返した。

 ふと周囲を見渡すと、誰も彼もが何とも言えない表情をしている。アサキと同様に前線と銃後のあまりのギャップに戸惑っているようだった。

 流石にいたたまれなくなってミキは逃げるようにして再び兵舎を出た。

 兵舎周りは静かだったが、まだ砲声は鳴り響いている。

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