第29話 終わり
大戦果を見つけ、中隊の所に戻ると何やらもめごとが起きているのが目に入った。
どうやら敵の捕虜をとったらしい。
最初は暗くてよく見えなかったが、懐中電灯を照らしてみると青い軍服に長い耳の軍人である事が解った。
躊躇なくアカツキが撃とうとしたが、周りの兵隊がそれを制する。敵は憔悴しきっており、明らかに戦意がなかったからだ。
「待ってくれ、助けてくれ!」
「命乞いッスか」
敵兵の顔にアカツキは銃口を突き付ける。
「違う、僕じゃない」
そう言う敵はろくに装備も着けておらず、懐中電灯で照らされる全身は泥と血にまみれていた。服は兵用ではなく士官用だが顔は不釣り合いに幼い。どうやら見習士官であるらしかった。
「僕じゃないっていうのはどういう事だ」
今にも撃ちそうなアカツキを制止しながらアサキが訊ねる。
「仲間を助けてほしい」
「仲間がいるのか」
案内をさせると、木の陰で横になっている敵兵の姿があった。服装は先の見習士官と同じであるから、どうやら彼と同期の見習士官のようだ。
左肩に包帯が巻いてあるが血で真っ赤に染まっている。遠目から見ても既に虫の息であるという事は明白だった。
「楽にしてやるッスよ」
アカツキが小銃を構えたが、慌てて見習士官が盾になる。
「止めてくれ。僕はいい。でも彼は助けてくれ」
「うるさいッスよ」
見習士官を押し退け、アカツキは銃口を突き付ける。
「止めてくれ! 幼馴染だ! 友達なんだ!」
アカツキにしがみ付きながら見習士官は叫ぶと、ピタッとアカツキは動きを止めた。
「……おさななじみ?」
「そうだ。止めてくれ。彼だけは撃たないでくれ!」
涙声で見習士官は懇願する。小銃の銃口が僅かに下がっていた。
「もう、いいでしょ」
優しくミキが言うと、放心したような顔でアカツキは完全に銃口を下げた。そして硬直したようにそのままの姿勢で固まる。
「…………とも、だち……」
小さく、掠れるような声。
反射的にその場にいた全員が視線を向けると横になっている敵兵が微笑んだ。
「そうか……とも、だち……と言って、くれる……」
そしてゆっくりと目を閉じた。
「おい……!」
慌てて見習士官が駆け寄り、身体を抱き起こす。
「嘘だろ……目を開けろよ」
何回か頬を小さく叩いたが目を開く気配はない。
「おいっ! 起きろよ!」
何度も揺さぶるが、しかし腕の中でグラグラだらしなく動くばかり。まるで無機物であるかのようだった。
「もう突っかかったりしない! 庶民だなんて莫迦にしたりしない! だから目を開けろよ!」
見習士官は怒鳴るように言ったが、しかしやはり動き出す事はなかった。
「…………なんで、君は」
掠れるような声で見習士官は言う。
「そんな、満足そうな顔で死んでるんだよ……」
ミキは二人の傍らにしゃがみ、既に命を失った若者の顔を見た。
安らかな、まるで寝ているかのような顔だ。これまで何人もの敵味方の死に顔を見てきたが、まさか戦死した者がこんな表情を出来るのだとは思わなかった。
「幼馴染……友達……」
ふと振り返ると、アカツキが放心したように先ほどの姿勢のまま固まっている。否、僅かに震えていた。
「……私は復讐を止めろ、なんて言わない」
それは、それだけ幼馴染の友人の事を想っていたという証拠だから。
「敵の兵士が何人死のうがどうでもいい」
でも、とミキは続ける。
「復讐に奔って我を失い、アイカヤまでも死んでしまう……私はそれが一番怖い」
落ち着きなよ、とミキは微笑んだ。
「敵を沢山殺したからって、友達が生き返るなんて都合の良い話しはないんだよ」
ガチャンッとアカツキの小銃が地面に落ち、続くように持ち主が膝を着いた。
アカツキの目からボロボロと大粒の涙が溢れ、とめどなく地面に落ちていく。
いま、おそらく、彼女の中で復讐は終わったのだ。
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