第28話 大戦果

 東から昇った太陽が西に沈みかけていく頃、第五中隊は夜営の準備を整えていた。

 しかし少し腰を下ろすと、もう尻から根が生えてしまったかのように皆動かなくなってしまうので作業は遅々として進まない。

「さっさとせんかッ!」

 下士官や古兵に急かされ、時折り尻を蹴飛ばされながらミキたちは夜営の準備を続ける。疲れているものだから恐ろしく動きが怠慢だ。本来ならば一時間にも満たずに終わる作業が、設営が終わった頃には二時間半以上も経過していた。

 当然ながら日はトップリと暮れており、周囲は真っ暗闇である。

「靴と足をよく乾かせ。塹壕足になるぞ」

 一日ぶりに腰を下ろし、靴を脱いで焚火で乾燥させる。それだけでもう天国にいるような心地だ。ついでに極めて薄いがお茶が振る回れると、そのまま危うく昇天しそうになった。

 これで食事も豪勢だったら何も言う事はないのであるが、残念ながらご馳走どころか携行糧食すら足りない。

「乾パンでも良いから腹いっぱい食いてェ」

 僅かな乾パンを大事そうに食べながらアサキは言う。

「おまけに水までない……何処かに木の実とかあれば良いのだけれど」

 周辺を捜索すれば木の実や茸くらいはありそうである。

「敵がいるかもしれないのにか?」

 その通り。残念ながらここは敵前なのである。

 さりとて腹と背中がくっつきそうな状態で戦をするわけにもいかない。武士は食わねど高楊枝などというがミキは武士ではないのである。

 シラセに意見具申をしてみると、彼女経由でマイハマに伝えられ、数個の食糧班を編成して食糧捜索をする事となった。さりとて敵前である。そのため敵の捜索も兼ねての食糧探しだった。

 とりあえず小銃と円匙シャベル、他に最低限の装備という身軽な姿で捜索に出掛ける。

 ミキとアサキ、キクリの三人も食糧班として出発した。

「食糧っていうと何がある?」

 懐中電灯で森の中を照らしながらアサキが訊ねる。彼女は都会産まれなのでいまいち山の

「動物の肉、木の実、茸、あとは」

「山芋とか」

 山芋、と聞いてミキは涎を垂らしそうになった。

「私は昔から山芋が好きで」

 狭い木々を抜けながら、ミキは周囲を見渡す。今のところ敵も食糧も見当たらない。

「生だってけっこう美味しいよ」

「見付けたら、いの一番に食おうぜ」

「勿論だよ」

 そうは言うが芋より先に敵の方を発見してしまいそうな雰囲気でもある。

 下手に色んな所を照らすと見つかりそうなので、なるべく隠すような形で懐中電灯を使う必要があった。

「二人とも、ちょっと待って」

 不意にキクリが足を止めた。

「なにかいた?」

 思わず銃を握る手に力がこもる。

「この葉……」

 そう言って、キクリが見せた葉っぱは独特な形状をしていた。

「山芋の葉だ!」

 言うなり分結式だった円匙を組み立て、三人で穴を掘る。疲れ切っている筈だが飯を目の前にしての莫迦力である。

 それなりに深く掘った筈だが、時間自体は全く掛からずに細い山芋が掘り当てられた。

 ミキとキクリはさっさと土を払ってボリボリ食べ始める。不潔とか体裁とかもはやどうでも良かった。都会育ちのアサキは流石に躊躇したようであるが、二人ががっついているのを見て食べ始める。

 元より山芋は好物な上に極度の空腹だ。あっという間に見付けた山芋は全部平らげてしまった。

「この周辺、まだ一杯あるみたいだから何人か呼んできて掘ろう!」

 腹が膨れて元気が出たミキが言うと、今度はアサキが「待て」と制した。

「どうしたの?」

「水の音がする」

 言われてみると確かに水の流れるような音がする。さっそく三人で水の音のする方に行ってみると、木々の間からコンコンと水が湧き出ているのを発見した。

「湧水だ!」

 思わずミキは頭を突っ込もうとしたが、アサキに「阿保」と止められる。

「まだ安全か解らないだろ」

 確かに自然水は完全に安全が確保されているわけではないし、敵が何か入れていった可能性もある。無闇やたらに飲むのは危険だ。

 さりとて周囲には人が立ちいったような様子はない。いちおう三人で周囲を見て回ったが、怪しいものは見当たらなかった。

「芋に湧水、良い土産が出来たな」

 アサキが笑う。

 これこそまさにミキたちが求めていた「大戦果」だった。

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