第26話 復讐

 草の生い茂った斜面に連続した銃声が響き渡る。

「第二小隊前へ!」

 小隊長の号令で第二小隊の兵隊たちは直ちに前進、擲弾筒と機関銃の攻撃で怯んだ敵に対して一斉射撃を加える。

 歩兵同士の戦いというのは基本的に機関銃が中心だ。

 機関銃の射撃で敵を制圧し、最後に小銃を持った兵士たちが突撃して止めを刺す、というのが歩兵戦闘の基本である。

 つまり第二小隊が敵に突撃を開始した時点で、勝敗は決しているようなものであった。

 既に戦意を喪失している相手に対して一斉に射撃を加え、続けて手榴弾投擲、最後に銃剣突撃を行う。

 ほとんどの場合はこの時点で敵は逃げ出しているか、あるいは両手を上げていた。

 そうでなかった場合は銃剣を使った白兵戦が始まる。だが大抵の場合は勝負にもならずに短時間で終わった。

「降伏する。撃たないでく……」

 敵兵が両手を上げて出てきたが、最後の言葉も待たずにアカツキがその兵隊の頭を撃ち抜く。

 それにも関わらず、なお数人の敵兵が両手を上げて出てきたのでミキたちは急いで彼らの武装解除を行った。

 そうしないとアカツキがみんな殺してしまうからだ。

 短い「休暇」を終えて出発してから数日、明らかにアカツキの様子はおかしかった。

 これまでも「割り切れている」感じではあったのだが、最近は進んで先鋒を務めたり、積極的に攻撃に参加したりしている。それだけならば心境の変化で済むが、両手を上げた敵まで情け容赦なく殺すのは異常だった。

「なんかあったのかな」

「解んねぇ。解んねぇ、が、やっぱりおかしいよな」

 やはりミキ以外もアカツキの異常を感じ取っているらしい。何度かミキも理由を訊いたが「うるさいッスよ」の一言だけで答えは引き出せなかった。

「捕虜は何名だ」

「三名です」

「よし、中隊主力が来たら引き渡す。ベニキリ、アイカヤの二名は捕虜を見張ってろ」

 シラセに命ぜられ、ミキはアカツキと一緒に三名の捕虜を集めた。

 捕虜は全員が頭の上に犬のような耳を生やした獣耳族コボルトである。この数日に何度か敵と戦闘を行ったが手を上げたのは全て獣耳族コボルトの兵士であった。

 捕虜からの情報によると彼らは「逃げ遅れ」であり、撤退する本隊に付いて行けずに脱落したらしい。撤退というよりは敗走だったので組織的な後退は出来なかったのだろう。

 そうした脱落者たちは最初こそ抵抗をするものの、攻撃を加えると直ぐに降伏した。脱落した事で士気が底を着いているようなものだから必然だろう。

 それだけではない。驚いた事に降伏した獣耳族コボルト兵のほとんどに戦意という物が感じられなかった。

「最後まで戦おうって気にはならなかったの?」

 ミキが捕虜に質問する。

「命を懸ける必要がない」

 それは今まで捕虜にしてきた獣耳族コボルトの兵隊に共通する返答であった。悪びれた様子もない。捕虜になる事は恥だと教えられているミキたち鬼軍の兵隊には驚くべき事だった。

「でも兵隊でしょ」

「無理やり連れて来られただけだ」

 これも共通の答えであった。

 どうも「徴兵された」というニュアンスとは違うらしい。

 アサキいわく獣耳族コボルトは王国系列の国々では最低層の民族であるそうなので、そこら辺が関係しているのかもしれない。とにかく彼らは優勢な時はともかく、負け戦になると直ぐに銃を棄てた。

「敗け犬っスね」

 冷めた視線を向けながらアカツキは捕虜たちを罵倒する。

 犬、と聞いて獣耳族コボルトの兵士たちは顔を歪めたが抵抗はしなかった。アカツキは銃を持っていたし、何より彼女が降伏した者を容赦なく撃ったのを目撃しているからだ。

「……何かあったの?」

 思わずミキは訊ねる。

 今まで揶揄することはあっても、ここまで露骨に敵を罵倒した姿など見た事がなかった。

「うるさいッスよ」

 アカツキはやはり答えるのを拒絶する。

 いつもならミキも引き下がるが、放っておけるような様子ではない。

「ねぇ、何かあったのなら話してよ。明らかに最近おかしいよ」

「うるさいッスよ」

「そうは言うけれど放っては……」

「うるさいッ!」

 怒鳴られて、思わずミキは怯んだ。喧嘩は何度かした事があるが、ここまで露骨に拒絶、否、敵意を向けられたのは初めてだった。

「……ちょっと軍曹の所に行ってくる」

 もし可能なら一度前線から離した方が良い。ミキはそう判断した。

 無論、前線であるから難しい事である事は解っている。

 だが様子のおかしい兵隊を抱えていてはアカツキ自身だけでなく、分隊全体を巻き込みかねない。

 他の分隊と打ち合わせをしているシラセを見掛けたので、ミキが話し掛けるタイミングを見計らっていると、突如、ズダーンッという爆発音が響いた。

 アカツキと捕虜たちがいる場所辺りだ。

 迷わずミキは駆け出し、アカツキのいた場所に戻る。しかしそこにアカツキはいたが捕虜たちの姿はなかった。

 代わりに散乱した「捕虜だったもの」がそこら中に転がっている。手榴弾か何かが爆発したのか、地面が少し抉れていた。

「あんたって奴は……ッ!」

 思わずミキはアカツキに掴み掛かっていた。

「なんで捕虜を殺した!」

「関係ないじゃないッスか」

「関係なくない! 降伏した奴を殺すなんてどうかしてる!」

「降伏しようが敵は敵だ!」

 騒ぎを聞きつけ、小隊の兵隊たちが集まって来る。続けて他の分隊長と打ち合わせをしていたシラセも騒ぎを聞きつけて走って来た。

「アイカヤ、貴様は!」

 ミキを押し退け、シラセはアカツキの襟首を掴んだ。

「……敵を殺すのに何か問題があるんスか」

「大ありだ。オレは捕虜を見張っていろと言ったんだ。殺せとは言ってない」

 いいか、とシラセは続ける。

「復讐大いに結構。だが命令を無視するようならオレはお前を隊から叩き出さないといけない」

 シラセは襟首から手を離した。

「今回は見逃すが次やったら容赦しないぞ」

 それだけ言って、シラセは続いてミキを睨みつけた。

「お前もだ。なんで見張りから離れた」

「申し訳なくあります……ですが」

「こういう事が起きないように、お前も見張りにつけたんだ。離れたら意味がないだろ」

「……申し訳なくあります」

 シラセは大きい溜息を吐いた。

「まぁ、いい。あと数分したら出発する。準備しておけ」

 再度打ち合わせに戻ろうとするシラセを、ミキは追い掛ける。

「分隊長殿、質問してもよろしいでしょうか」

「なんだか予想は付くが……言ってみろ」

「先ほど復讐と言いましたが、何の事ですか?」

 ミキの質問にシラセは少し間を置いた。どうやら答えるべきかどうか迷っているようだった。

「第三小隊のサマルって兵隊知ってるか」

「はぁ」

 小柄でコロコロとした可愛い女の子の兵隊だ。話した記憶はないが、兵営などでアカツキと喋っているのをよく見掛けた。

「そのサマルと何か関係が?」

「彼女は大狼だいろう原野の戦いで戦死した。砲弾が直撃して分隊丸ごと吹き飛んでな。どれが誰の身体か解らない状態だったらしい」

 想像に難しくない。大狼だいろう原野の戦いでは砲弾で吹き飛んだ兵士も少なくなかった。

「このサマルとアイカヤは幼馴染だったらしい。オレは聞いただけだったが、死体を見たアイカヤは半狂乱だったそうだ」

 そういえばアカツキの様子がおかしくなったのは大狼だいろう原野の戦いが終わってからだ。てっきり自分が負傷した事に起因していると思っていたが、幼馴染の戦死に依るものだとは露ほども考えなかった。

「分隊長殿、意見具申」

「却下」

 えっ、とミキは思わず声を出した。

「まだ何も言ってませんけど」

「どうせアイカヤを戦線から離れさせろとか言うつもりだろ。オレだって出来ればやってるさ」

 そう言われるとミキはもう何も言えなかった。

「ベニキリ、お前少しアイツについてやってくれ」

「は?」

「お前はゼンザイと仲良いんだろ? 放っておいたら何しでかすか解らないからな」

 確かにシラセの言う通りではある。

 しかしだからといってミキにはアカツキを御せるとは思えなかった。先ほどだってあれだけ拒絶されている。

 なんとかしてやりたい気持ちは強いが、けっきょく何も出来なくて自分の非力を嘆くだけになるのではないだろうか。

「……解りました」

 それでも、ミキは出来るだけやってみようと決心した。

 どんなに不安定でも、やはりアカツキは大切な戦友なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る