五話 彼女の夢とペールエール


(キッチンから調理の音がリビングに響く)



(ソファに座る彼女が調理中のあなたを気にかけている)



「ねえ、彼氏くん。本当に何か手伝わなくて大丈夫?」



「いや、その。何だか落ち着かなくて」



「彼氏くんが料理上手なのは知っているけど」



「あたしもいるのに夕食作りを全部任せるのは悪いなあって」



「って、もう! 笑わなくてもいいじゃん」



「好きなことをしてリラックスしてればいい、と言われても」



「こういうのって意識したら出来ないものだよ?」



「気になっていた映画も、さっき彼氏くんと一緒に見たし」



「他にしたいことって、仕事関係の勉強とかそれくらいかなあ」



「ゲームも面白かったけど、あれは彼氏くんと一緒だったから」



「共有出来る誰かと一緒だからこその楽しさだよ?」



「……なんて、ごめんね? 料理中に困らせちゃって」



「……え?」



「うん! 手伝う、手伝うよ」



(彼女が勢いよく立ち上がり、キッチンに向かう)



「これでもカフェの店員なんだから、そのくらいなら任せてよ!」



(テキパキと作業が始まる。その途中で)



「……ありがとねっ」//ボソッと



「ふふっ」




//次の場面へ




(食卓を囲む二人)



(テーブルの上には、あなたが作った料理が並んでいる)



「いやあ、こうして並べると、どれも本当においしそうだね。さすが彼氏くん」



「簡単なものばかり? もう、謙遜けんそんも過ぎれば嫌味だよ?」



「作った本人が自信を持たないと。……まあ、あたしも人のこと言えないけど」//苦笑しながら



「それじゃあ、いただきますの前に」



(プルタブを開ける音)



「たまのご褒美だね。彼氏くんが買ってくる、このビール好きなんだ」



「確か、ペールエールだからラガーと注ぎ方が違うんだっけ?」



「うん、わかった。なるべく泡を立てないように、ね」



(グラスに泡を立てないよう静かにビールを注ぐ)



「はい、それじゃあ乾杯っ!」



(グラスを軽くぶつける音)



「……うん。おいしい」//一口飲んで



喉越のどごし重視のビールもいいけど、こういうコクがあるのもいいよね」



「柑橘系の香りも爽やかで飽きないし」



「さて、それじゃあ彼氏くんの料理との相性はどうかな?」



「まずは鶏の照り焼きから」



(一口食べる)



「……ちょっと待って。感想の前に、このハーブで風味付けしたフライドポテトを」



(また一口)



「彼氏くん」



「もの凄く相性良くておいしいんだけど??」



「ビールのコクと爽やかさが、どっちの料理の味も引き立てているし」



「これはまさか、ペアリングを意識して」



「やっぱり! もう、あたしが教えるまでもなかったじゃん!」



「コーヒーとお酒だと、また違うからって。それはそうだけど」



「なんだか彼氏くんの手のひらの上な感じが」



「そのニコニコとした顔が胡散臭うさんくさいんだけど??」



「まあ、いいや。今はせっかくのエールと料理を楽しもうか」




//次の場面へ




(時間が経ち、テーブルの上の料理も減っている)



(彼女は少し、ほろ酔い気味)



「エールは少し温くなってもおいしいよね。むしろ香りや味が強くなっている気がする」



「あっ、やっぱりそうなんだ」



「こうやって、ゆっくりと飲んで食べる時にはいいよね」



(一口飲む)



「同棲する前はさ。よく一緒に飲みに行ったりしたよね」



「そうそう、仕事が終わった後とかに」



「大体あたしが話してばっかりで彼氏くんは聞き役になってくれて」



「その時した話のことなんだけど」



「覚えている? あたしの夢の話」



「……さすがだね。うん、そうだよ」




「自分のカフェ、お店が欲しいんだ。あたし」




「膝枕の時に話した、今の仕事に繋がる出会いというのがきっかけでね」



「当時の、家にも学校にも居場所を見いだせなかったあたしの」



「息抜きの場所だったんだ、カフェは」



「駄目になりそうな度に、一人カフェで時間を潰したりしていた」



「そんな時にね。行きつけのカフェで急に注文していないクッキーが出てきたんだ」



「慌てて、そのことを女性の店主さんに言ったらね」



「『内緒のサービスだからこっそり食べて』って。そのまま、カウンターに戻っちゃった」



「……今思うと、あの時よっぽど酷い顔をしていたんだろうね。ちょうど、すごい落ち込んでいた時だったから」



「本当に、ただそれだけのことだったんだけどね。すごい救われたんだ」



「こんなあたしにも気にかけてくれる人がいる。そう思うだけで頑張れる気がした」



「同時に憧れたんだ。あの人みたいになりたいって」



ふさぎ込んでいる人がちょっとでも心を安らげる、こういう温かい場所を作りたいって」



「……動機としてはかなり単純だよね?」



「え?」



「そっか、そうだね。うん、この気持ちは本物だって胸を張って言える」



「だったら何の問題もないよね」



「……まあ、とは言っても現実的には課題が山積みなわけだけど」//れる苦笑



「…………彼氏くん、今そんなこと言われたら本気にしちゃうよ?」



「君のことだから勢いで言ったわけじゃないのはわかるけど」



「……本当に大変だと思うよ? 色々、調べれば調べるほど難しいってことがわかって」



「それに一緒にお店をやるということは、つまり」



「…………ああ、もう。そうだよね。君はそういう人だ」



「初めて、彼氏くんに夢の話をした時も君は決して茶化したりしなかった。真剣に聞いてくれた」



「……彼氏くん、今夜はもうちょっと飲まない?」



(彼女が立ち上がり冷蔵庫からビールを取り出す)



「うん、それはもちろん」



「前祝いに、ね?」//嬉しそうに

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