🔮パープル式部一代記・第七十七話

 お空へと旅立っていた御堂関白みどうかんぱく・道長は、少し驚いていた。なぜなら目の前にアイツ、根暗のゆかりがいたからである。


「バカさま、すっかり、になったな……」


 魂だけになり、半分透けた紫式部ことゆかりは未練たらたらでまだ空を漂っていて、そんな声をやはり魂だけになった半分透けたバカさまにかけていた。


「あ? お前、相変わらずの……あれ?」

「なに?」

「ははっ! お前また惟規のぶのりに戻っているぞ?」


 そう言われたゆかりは、自分がバカさまに出会った頃の子どもになっているのに慌てたが、顔を上げると道長を見てにたりと笑っていた。


「バカさまもな……」

「え……」


 バカさまは写経が嫌でやかたを抜け出した、そんな若き姿に戻っている。


「もう一回、生まれ変わって暗黒闘争するのか?」


 彼は、そうたずねられたが少し考えてから答えていた。


「一回でいいや……俺は、やり尽くしたからな……」


 そんなことを言っていた。そして、「自分こそどうするんだ? 物語が中途半端に終わって……」などとと、彼に問われたゆかりも考えてから返事をする。


賢子かたこが書いてくれるからいいんだ」そう返事をしてから、ゆかりはバカさまにたずねていた。


「このままでも中途半端であれだけど、浄土には行けそうにもないからどうする? それにしても実資さねすけは粘るな……」

「あいつ千年生きるつもりか? あとがつかえて困って……まあもう俺は関係ないけど……」


 なんて言ってから、「あっ、そういえば! 源氏物語の光る君は俺だよな?」なんて言う。


「……なぜ、本物の皇子さまを悲劇に陥れた自分が光る君だと思えるんだ?……この傲慢ごうまん男め……」

「床下で見てたのか!?」

「京中の人間が知ってたよ……」


 そして、空の上で積もる話をしていたふたりは、なにやらあせりながら現れた、極東担当とか訳の分からないことを言う死神が、「いやね、極楽と地獄、仏教方面は橋がかかっていたんだけれど急に橋が落ちちゃって、急遽、うちに斡旋がきたけれど……手が足りなくてすっかりお迎えが遅くなって……」なんて言うのを、途中から聞きもせずに死神から逃げ出そうとジタバタとしていたが、結局は抱えられたまま連れられて、案の定現れた地獄の門前でこれで最後とばかりに必死の抵抗をしていた。


 が、顔を出した門番の鬼は死神に言う。


「あ、そっちのちっちゃいのは、いかにも根暗なだけれど、うちじゃなくて極楽ですよ」


 そう言われたゆかりはバカさまに向かって、ひどく得意げな顔をしていた。

 ゆかりは自分の行いの差し引きに加え、こっそりを積んでいた上に、「鬼の代筆屋」で人のも写経を納めていたのだ。


「バカさま、長い付きあいもこれまでだったな……地獄に行っても元気でな……」

「おい、ちょっと待て! 俺はデカくて豪華な寺を建てたし御嶽詣みけもうでで、経典と一緒に願い状を出してただろ――がっ!? ちゃんと調べろっ!」


 いざ地獄ゆきとなるとバカさまは持ち前の勝負師としての本領を発揮して、あきれるゆかりをうしろに往生際悪くわめいていた。


「もっと上のヤツを出せ! 話にならん!」


 ねばるなコイツ……ゆかりは、「極楽ゆきの金のチケット」を握ったまま、道長のを、用意してもらった極楽ゆき臨時便、「ふわふわした小さな白い雲」に乗り、高みの見物と決め込んでいた。


***


 余談ではあるが、道長も手を焼いていた、あのにしてうるさ方の名門、小野宮流おののみやりゅう実資さねすけは、一条天皇が煙になった頃ようやく実子の千古ちこが産まれ、この子を、「かぐや姫」と呼びながら将来は帝の后にと大切に育てていたが、フルスロットル状態の道長から強烈なブロックにあい、かなり不満ながらも結局は道長の孫のひとりと結婚させていた。


 実資さねすけには小野宮流おののみやりゅうの跡継ぎとして養子にしていた甥はいたが、かぐや姫・千古ちこ可愛さに、小野宮流おののみやりゅうの財産のほぼすべてを彼女に相続させていたため実資さねすけよりも先に、道長よりはあとに、千古ちこが没した結果、小野宮流おののみやりゅうの莫大な財は、御堂関白みどうかんぱく・道長が率いていた御堂流みどうりゅうへと流出し、小野宮流おののみやりゅうには、「小右記」をはじめとする知的財産だけが残り、実資さねすけ以後、小野宮流おののみやりゅうは衰退と没落の坂道を転げ落ちてゆく。


 在りし日の道長の血で絡め取る、そんな策略という名のに、実資さねすけは敗北したのである。


「あの男、死んでからも……許すまじっ!」


 そう本人へ言いたかったが、いくらくどくど言い続けても、あとの祭り……あの男こと道長は、すでに此岸しがんであるこの世にはいなかったのだから。


***


 そして、バカさまの死後の運命は佳境にはいるのであった。

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