🔮パープル式部一代記・第七十八話

 実資さねすけの恨み言なんて知ったことではない、そんな絶体絶命の御堂関白みどうかんぱく・道長は、ごねにごねて、ようやく面倒くさそうにやってきた、くらいが少し上にあたるらしき鬼神と、粘り腰で交渉をはじめる。

 こうなればこっちのモノとばかりに、のフルスロットルな説得がはじまっていた。


「だからさ……そもそもの前提として、これだけの……」

「それはそれ、これはこれ」

「じゃあ、こっちの大宰府でのアレは、俺がまとめ上げたのが結局は……あ、もうひとつ! あのままが帝になっていたら、たみに甚大な被害……大局的に見れば、多くの人の命を救い……」

「う――む……」


 話は永遠に続くかに思え、ゆかりは、こくりこくりと居眠りをはじめていた。


「まあね、確かに御嶽詣みけもうでと、経典、あと、地獄ゆき免除願い状が出ているけれど……御仏をたたえる寺院の建立……しかし、おしいけれどあともう少しかな……やはり地獄に……」なんて言われた道長は、最終手段とばかりにゆかりを指さしていた。


「じゃあさ、コイツ! ゆかりは俺が助けたから、ゆかりの徳を、俺の足りないところへ足してくれっ! そもそもの出会いは、もはや行き倒れ寸前のこいつを、どうのこうの、うんぬんかんぬん……」


 そう言い出したのである。


「え……なんでそこまで、わたしが……」


 居眠りをしていたゆかりが大声に目が覚めて、あせって口を挟みつつ、じめついていると、道長が生前に出していた「地獄ゆき免除願い状」を持っていた鬼神は、なにやら深く考え込み出す。


「確かに……そなたが助けねば、そっちの根暗は行き倒れていたか……では、足して半々に、ということで……」


 鬼神は、道長の繰り出す巧みな話術に最後には納得していた。そんな訳で、ゆかりが抗議する間もなくのふたりは、二羽の時鳥ホトトギスに変化させられていた。


 時鳥ホトトギスたちは、なにやらケンカをしつつどこかへ飛んでゆき、いつしか姿はどこかへ消えてゆく。


 なんのしがらみもない世界へ……あるいは地獄が怖くて二度と近づくまいと、逃げ回っているだけなのかもしれないけれど……。


***


〈 現代 〉


 現代の京都にある古書店は、ときどきデカい態度の時鳥ホトトギスと、暗黒色の目をした根暗そうな、でも、妙に偉そうな時鳥ホトトギスが二羽であらわれると、店主の「じじい」の周りをからかうように飛んでは逃げてゆくらしい……。


「今日も店にはなにも買わぬ、時鳥ホトトギスしか客がこんな……そろそろ閉店っと……そうだ、本に直筆サインとやらを入れて見るか! それにしてもあの豪勢な法成寺が燃えてなくなっちゃうなんて、左大臣も残念だったろうね……」


『じじい、千年たっても、まだ自費出版の在庫を抱えてるのか…………言わんこっちゃない。わたしみたいな大作家しか、そんなホイホイ売れるもんじゃないんだよ……』

『法成寺は燃える前に、お前が忠告しないからだろ! この、じじいっ!』


時鳥ホトトギスうるさいなあ……どこかで聞いたような声がする気も?」


 店主は、時鳥ホトトギスを店から追い出して扉を閉めながら、どうせまた明日もくるなと、少し嫌な顔をしてから、貼り紙を書いていた。


「作者直筆サイン入り『占事略决せんじりゃっけつ』絶賛発売中です……っと……明日は、これを入口に貼るとするか……極楽ゆきの金のチケット、ガラガラ抽選、一回につき一万円もあります……誰のかは知らないけど、昔、空から落ちてきたんだよね……金の玉が出れば、あなたも極楽に……なんてね」


 店主は、額縁に入れて飾ってある金のチケットを見上げてと笑ってからつぶやく。


「ま、ガラガラには白い玉しか入れてないんだけどね。一応、お迎えがきたとき用に取っておかなければ……」


 そして、不思議な時鳥ホトトギスたちは、いまは、平等院にある鳳凰堂のどこかで普段は暮らしているらしい。


『まあだが、しかたね――な』

『あのじじい絶対に知ってて知らん振りしてる……バカさまは早く徳を積んで、わたしのを返せ……関白でもなかったくせに御堂関白みどうかんぱくなんて呼ばせるから……』

『徳を積むのは難しいな。なにせ時鳥ホトトギスだしな――あきらめたら? あと、御堂関白みどうかんぱくは、俺が呼べって言った訳じゃねぇよ?』

『この☓☓☓☓やろうめ……』


 お互いが、いつも側にいるのに気づかない……そんな、極東にいた、格差のありすぎた、は、永遠にお互いが自分の心に気づかないまま……。


 ふたりが永遠に結ばれないのは、救いようもないほどにどす黒すぎるロミオのごうと、おのれの筆一本とを握った、あまりにも強烈すぎて、幸せを呼ぶガラスの草履ぞうりなんて差し出そうものなら、ジャマとばかりに叩き壊しそうなジュリエットが欲望のままに突き進み、なりふり構わず限界を超えて走り続け、それでもふたりが目的を達成するためには、人の生涯が短すぎたせいかも知れない。


 ふたり……いや、二羽の付きあいは続くのだ……永遠とわに結ばれた、ふたりが気づかぬ、あるいは気づきたくないえにしによって……まだ続く……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る