🔮パープル式部一代記・第七十三話

 そんなこんなで、また、忘れ去られていた帝であったが、実は、のあの日、『なんの騒ぎ?』と寝殿の奥で様子を密かに探っていた。


 帝は、行成ゆきなりをあとで呼びつけ詳しく訳を聞き出すと深く感動していた。


「なんと健気な……朕があの年頃に母の心配なんてしたことも……それに、才はともかくあの珍妙な母を持ち、苦労ばかりであろうに……」


 なんて言いつつ袖を涙で濡らし、「次の除目で賢子かたこを四位にしてあげて……この際だから、早めの裳着もぎ祝いので……あ、の方でね! あとなにかオプションもつけてあげて……」などと、ウナ重……えっと上で! そんな感じで命じていた。


 結果、賢子かたこ女童めわらでありながら史実よりも早く出世街道まっしぐら、祖父を軽々と飛び超えて四位・上となり前例なきことながら赴任せずに済む国司、遥授国司ようじゅこくしの地位まで授かることが決定する。


遥授国司ようじゅこくし……一体、なにをすれば……」


 などと、賢子かたこは困惑していたが言うだけの帝は気楽な様子だった。


「あ、たまに名前を書くくらいでいいよ! あとは、左大臣に任せて置けばいいから!」

「はあ……」


 などと話は進み、道長はなに気に面倒が……とは思ったが、まあ、賢子かたこのためなら、うちにも都合はいいかと例のふたりを呼んでいた。


保昌やすまさ、現地に行って管理してやって!」


 そう言うと、和泉式部にも声をかける。


「ちょっと、ほとぼり冷ましてこい」


 そんな訳で、ふたりは慌ただしく丹後へと旅立つことになり、賢子かたこは祖父にふみを書いていた。


『お元気ですか? 賢子かたこは正四位・上になることになりました。あと、遥授国司ようじゅこくしにもなります。自分でもおビックリです』


 そんな知らせをふみで知った祖父の藤原為時ふじわらのためときは完全に腰を抜かしていたが、なんとかかんとかとんぼ返りではあるが夏の終わりには一時帰京する。なぜならば……。


「えっ!? 裳着もぎもまだなのにそれくらいは終わっていないと……どうするの!?」

「このご時世(火事騒動)だけど帝の命だから特例でするんだって! 道長が特急で用意するってさ!」

実資さねすけも反対しないし、まあ、いいんじゃね?」 

「それよかあのさ、実は……八咫鏡やたのかがみが……三種の神器のアレが見つからなくって……」

「ええっ!? それ、先に言えよ!」


 なんて、ちょっとしたどころではない騒ぎに紛れ、結局、賢子かたこは一応の体裁は……なんて話で秋の除目じもく(高位貴族以外の人事決定)に間にあうように、帝のお計らいということで、あのちっこいボロ家ではまたうちがなに言われるか分からないと、急遽、道長が紫式部にボーナスとして、やや小さいながらも瀟洒しょうしゃな屋敷(実は例の道長のを宿した屋敷)を与え、腰結い役(後見人)も道長の指名によりメロス・匡衡まさひらが引き受け、紫式部は道長に、「あとは、自分で用意してやれよ」なんて言われ、ようやく裳着もぎを行う体裁が整っていた。


 その上、実資さねすけささやかなと言いながら、あんな素晴らしい和鏡を先に賢子かたこへ送っている手前、「我が家が劣る訳にはまいりませんっ! 土御門殿つちみかどどのをはじめ、あなたさまを、大いに面倒をみていた亡き父、源雅信みなもとのまさのぶも承知する訳がございません! 中宮・彰子あきこさまからも、ほらっ! 言ってやってくださいませっ!」「彰子あきこも贈り物を用意するから、早く父君と母君に決めていただかないと、かぶっちゃいます……」なんて、妻の倫子みちこが、彰子あきこさままで巻き込んで毎日毎日騒ぐので、「倫子みちこのセンスに任せてもいい? 自信ないから……」なんて、結局、道長は言っていたので倫子みちこはそれはそれは高価な素晴らしい象牙のくしをあつらえて、これまた豪華な螺鈿細工らでんざいくほどこされた、超豪華な漆塗うるしぬりの箱に入れて用意していた。


「母君、気合入り過ぎていませんか?」

「中宮さま、これは、わたくしの面目! 摂関家の面目! 小野宮流おののみやりゅうなんかに負けてたまるものですかっ!」

「そうなんですね……じゃ、わたくしはせっかくなので装束をひと揃い……」

「あっ! それなら、わたくしが用意いたしますのでっ! 中宮さまをわずらわせてはなりません!(意訳:センス0だから口出すな)」

「はあ……」


 大騒ぎだった。


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