🔮パープル式部一代記・第七十二話

 そして、なにも知らない紫式部は帰ってきたはいいものの、今度は入れ替わりで賢子かたこが家に静養へ帰ってしまい、紫式部が支払い免除の話を聞いたのは宰相さいしょうの君がきていた翌日、「うちのメロスが、賢子かたこちゃんの心配を……」などと言いながら避難していた自分の家から土御門殿つちみかどどのへ顔を出した、メロスの妻、赤染衛門あかぞめえもんからだったのである。


「そんなことが……この豪華な鏡は、なにごとかと思えば……」


 賢子かたこのちっちゃなつぼねには、見たこともない美しい鏡があると聞いて、「どれどれ」と覗いていた紫式部は、まさかどこかからくすねて……いやいや、賢子かたこに限って……などと思いつつ、びっくりしていたのだ。


 ***


〈 紫式部のちっちゃな家 〉


「このたびはこのような粗末な家で、もてなしもできぬままに母が大層お世話になり……無事に母が快癒かいゆいたしましたのも、保昌やすまささまをはじめ、方々の身に余るお気遣い……」


 紫式部の家で、なぜか付き添っていた和泉式部と保昌やすまさは、賢子かたこだけが会得できた数々の山吹子やまぶきこスマイルの中でも、特別なときにだけ繰り出される、「山吹子やまぶきこスマイル・」に呆然としてから、いと愛らしくゆき届いたお礼の言葉に感動していた。


「いいからいいから寝ていなさい。ちゃんと休まないといけないわ!」

「本当に紫式部の娘なのか……?」

「伝説の男、藤原宣孝ふじわらののぶたかの娘だからね……父親似という賢子かたこを見ていると、女のわたしすら引きずり込まれるような、寒気すら覚える魅力ね……宣孝のぶたかという男、一度だけでも会ってみたかったわ……」

「…………」


『天性の人たらし、逆行に強く、世渡り上手で、いつでもモテ期の盛り上げ上手!』


 そんな宣孝のぶたかの『才』だけが置き土産であった賢子かたこは、一番の財産を父から知らぬ間に受け取って更に昇華していたのである。


 ***


「まだ熱があるのに……いや、あの、熱っぽい顔すらなにか使命感すら覚えさせる保護欲をかきたてられちゃう……って、なにあの寝間着は!?」

「え……?(あ、しまった! 紫式部がお揃いとか言ってた!)」


 イワシ柄の寝間着を借りている部屋に置きっぱなしだった保昌やすまさは、険のある目つきで彼をじっとねめつける和泉式部にあせっていた。


「あ、えっと……た、たまたま! 賢子かたこちゃんが、お礼にってくれて。ふ、藤壺ではやっているみたいだな」

「娘には……バカにされたんだけど?」

「~~~~」


 その日の夜、同じ部屋で久しぶりに仲良くすごす……はずだったのに、すっかり気分を害した和泉式部は、「凄いお宝見つけちゃったから相手しているひまないわ~」なんて言って、いまは亡き宣孝のぶたかふみが入っていた小箱から、ひとつづつふみを取り出して、「やはり違う……さすが伝説の男……」なんて、当てつけがましく言いながら読みふけり、本当は娘とお揃いにしようと色違いであつらえていた、これまた自分も持っていた保昌やすまさのとは、色違いのイワシ柄の寝間着を着てぐっすり眠っていたという。


 後日、紫式部のイワシ柄の寝間着は、和泉式部の色違いのイワシ柄の寝間着と交換された。


小式部内侍こしきぶのないしの反物のと色が違う……この色の染料はかなり高かったはず……」

「これ、娘と一緒に着ようと思って仕立てたんだけど……娘は着ないっていうから賢子かたこちゃんにも……」


 和泉式部が、もう一枚、小さい方の色違いを渡そうとしていると、紫式部の横に控えていた小式部内侍こしきぶのないしは、ぱっと手を出すと色違いの小さな寝間着を和泉式部から取り上げていた。


小式部内侍こしきぶのないし?」

「紫式部さまとお揃いなら、喜んで着ま――す!」


 そう言って彼女は寝間着を持って、自分のちっちゃなつぼねに帰って行った。和泉式部は顔をしかめてため息をつく。


「反抗期ってやつかしら?」

「そうかな? 母のご行状のせいじゃない? せめて父親が誰かくらいなんとか思い出してやれよ……」

「そんな昔の話なんて覚えている方が珍しいわよ!」


 ぷりぷりしながら消えた和泉式部の後姿を見ながら、紫式部は伊勢大輔いせのたいふが、「イワシの中から、一匹だけ違うイワシを見つけるのは無理じゃね?」なんて言うのを聞きつつこの間の騒ぎを思い出し、それもそうかと納得していた。


「モテすぎるっていうのも難しいんだな……あちらが立てば、こちらが立たずってやつか……」

「…………」


 あれだけの物語を書いているのに人の気持ちがくみ取れないって、ある意味すごいなと思いながら伊勢大輔いせのたいふは、「じゃ、わたし、明日は休みだから家にかえるわ!」そう言って嬉しそうに帰って行った。


 新婚なのである。

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