🔮パープル式部一代記・第六十三話
床下に潜んでいたふたり、紫式部と和泉式部は嚙みあわない会話を小声でしていると、どこからかやってきた女房の袴を捌く音が聞こえてじっと聞き耳を立てる。
どうやら朝の膳を下げにきたらしい。入れ替わるように今度は男のものらしき足音が聞こえ、帝になにやらささやいてから、すぐにまたどこかへ足音は消えていた。
「これこれ! これを待っておった! 紫の上……朕の定子! 藤壺中宮! 朕の定子! 朧月夜の君! 朕の定子!」
『え?』
床下のふたりは帝のセリフに怪訝な顔を見合わせる。それからしばらく様子をうかがって、なんとなく事情をつかんだふたりは、クモの巣を体のあちこちにひっかけながらその場を去って行った。
「「はっ、母君!?」」
さすがに
なぜに和泉式部まで同行していたのかは分からなかったけれど……。
そして、その日の夜もすっかり更けてからようやく政務が一段落した道長は、家族サービスを終えて目立たぬように紫式部の
「で? 結果は? うちの
「そうなんだよ……問題大あり……和泉式部と確かめてきた。あ、和泉式部は今日から突貫で
「あ、それな、それは知ってる。
「妻が産んだ別の男の子どもは自分の子ども……それがいまどきの平安男の甲斐性じゃないか……諦めてもらおう……」
ふたりはにたりと笑っていた。
かわいそうな
それから紫式部は珍しく「見てはならぬものを見てしまった……」こっそり外した床板の隙間から見た光景を思い出し、まあ、言わない訳も理由もないかと帝がありとあらゆる「物語」のお気に入りを、『最愛の定子さま』に脳内変換して読みふけっている。そんなことを道長に話していた。
「なるほど。うちの
源氏物語で、
「他の女御みたいに裏から圧をかけるのも無理だな……それとも
「あれは俺のせいじゃねぇよ……人聞きの悪い……なんでもかんでも俺のせいにするな。道隆の兄貴をうらんだヤツじゃね?」
「ふ――ん……(それって、結局、バカさまでは?)」
「まさか物語の登場人物を皆殺しにしろとかなしな!? 話が続かないっ!」
「いや、それは意味ないから……うん? 意味ある……かな?」
「おい、バカさま? 変なこと考えてるだろ? まさか物語の打ち切りとかっ!? それだけはっ! 頼む! それは止めてくれっ! なんでもするっ!」
「…………よし解決できるぞこれはっ!」
「なにがっ!?」
あせる“ゆかり”を置き去りにして道長は文机に向かうと、書きかけの物語にバサバサと目を通しあちこちに墨を引いて塗りつぶしてから、「ここでこの部分にさ……」なんて、ごにょごにょと“ゆかり”に改稿を指示して、「なんでもするって言ったよな? 明日の朝までに絶対だからな!」と言うと機嫌よく姿を消していた。
「ちょっ! なに考えてんだよ! ここがこんなになっちゃったらあとの話をどうしろと!? 少しは人の話を聞け……あ……」
道長の後姿に追いつこうと御簾をめくろうとしたそのときであった。
陰になって群れなす和泉式部への求愛の順番待ちの大行列に、紫式部が気づいたのは……。
「凄いな……さすが女光源氏……それに比べて見れば、わたしときたら大作家になっても大口の後援者さまには逆らえぬか……まあ、火事のときの借りも返してなかったか……ちぇっ! 最近は徹夜も辛いのに……年だなぁ……」
昔は三日三晩、目を血走らせて書いていたのに……紫式部はそんなことを思いながら、自分を心配して火桶や火鉢の様子をあちらこちらに置いて、綿の入った厚手の
顔を拭いた布はどこかに捨てていた。ついた小さな血のあとにも気づかず……。
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