🔮パープル式部一代記・第六十二話

 さて、遅まきではあるが、「灰」になっていた「帝」の話である。


 彼は、「なにがなんだか分からない……朕の蔵書が……大切な笛はどうなったのか……」などと、土御門殿つちみかどどのに用意された、いつもは道長夫婦が使用している最高級の御帳台みちょうだいで、そんなうわごとを繰り返しながら、なん日も寝込んでいた。


 もともと、割合に病弱な上に最愛の定子さだこは身罷り(と、彼は思っている)出火も三度目……蔵人頭くろうどのとう行成ゆきなりによると、貴重な宗からのの蔵書なども焼けてしまったと聞いて思わず本音が口にでる……。


「もう、出家しちゃおうかな……疲れた……」


 そんな彼の側に濳んでいた黒い影が口を開く。


たてまつります……」

「うわっ、びっくりした! 道長がなぜここに!?」

「わたしの家ですが?(家主は妻の倫子みちこ)」

「あぁそっか……でもさ、花山院にくらべたら朕はかなり長く頑張ったし……」

「まだ! まだ頑張らねば! ここが踏ん張りどころですっ!」

「え? なんで? 定子さだこが産んだ次期東宮の敦康あつやすだって彰子あきこになついてるし、東宮も、そなたにとって近しい親戚ではないか? 東宮もいいかげんいい年になっているし、たしか朕より四歳年上……」


 道長は、『敦康あつやす彰子あきこが皇子を産むまでの保険なんだよ、隆家まで始末するのは目立つんだよ! 分かれよ、めんどくせ――な!』そんなことを思いながら顔にはもちろん出さずに、「ほらあの東宮の第一皇子……いまのところ、次の次の次の帝はアレですよ……東宮は帝よりも年上ですからすぐ譲位するでしょうし……」なんて、杓で頭をひっぱたきたいのを我慢して、帝に神妙な顔で東宮の第一皇子、「敦明親王あつあきらしんのう」を思い出させ、帝は帝で顔をしかめていた。


「あ……いたね。あの乱暴者……一体どうしてあんな乱暴者が産まれたのか……」

アレを即位させる訳には参りません。うちのラフレシア・妍子きよこが皇子を産むまでは頑張ってもらわねば! まさかの大逆転であっという間にアレの時代がくることだってあるんですからね……国家滅亡の危機ですよ……」

「そっか、それはそうだね……幼い妍子きよこが皇子を産めるようになるまでもうひと踏ん張りか……妍子きよこに皇子が産まれるまでは……」


 東宮の第一皇子の敦明親王あつあきらしんのう(暫定・次々東宮)は、気に入らない貴族は蹴り飛ばし目障りな従者はぶっ飛ばす。耳に痛いことをいう忠臣はタコ殴り! 道長のやかたの壁にも止める警備の侍たちもなんのそので必死で運んできたでっかい筆で、「敦明参上!」なんて書き逃げをして父である東宮・居貞親王いやさだしんのうが怒り狂って問い詰めても、「いや知らないです……」などと、とぼけたりするような痛すぎる存在であった。


 その上、母の身分的にも先の疫病騒動でかなり格落ちしてしまい、道長のように内裏を仕切れる後見もいないのも大問題であった。


 なんてとんでもない字名をつけられて、各方面から嫌われ疎まれている道長ではあるが、そこは摂関家の男。彼は、多少の? 私情は挟みつつも国家の実務的な切り回しや取り仕切りを見事に清濁併せ飲み、帝に代わって振り回しているのだ。


 この摂関家の血筋に伝わる政治的能力あってこそ、その上で、帝は簡単な決裁を下してあとは、「尊き神事」に集中できるのである。


 これが、後見が摂関家でもないあの親王が帝についてしまったら、国体はどうなることやらと帝は深くため息をついていた。


 敦明親王あつあきらしんのうは、元・ヤン伊周これちか兄弟も真っ青、いがぐりなんてでもない。道長も手を焼くなのだ。


 なお、義母にあたる同い年のラフレシア・妍子きよことは犬猿の仲であり、ある日なんて敦明親王あつあきらしんのう妍子きよこがいる御簾内みすうちを覗き込み、「似合いもしないのに着飾ってる悪目立ち……」などと言いくさり、むかついて飛び出してきた妍子きよこに、烏帽子えぼしを投げ捨てられる事件があったくらいだ。


 烏帽子を人前で脱ぐなど、「あの人、パンツも履かずに、外に出ている!」そう、絶叫されるような大恥をかかされていたが、敦明親王あつあきらしんのうが暴れ出すより先に、彼の母で後見人なしの無印な愛され妃の藤原娍子ふじわらのすけこが話を聞いて飛んでくるとラフレシア・妍子きよこはすっかりおかんむりで、いまにも暴れ出しそうな敦明親王あつあきらしんのうを父親譲りの暗黒顔で、キッと睨みつけて啖呵をきっていた。


「あ!? なに? さっき、なんて言った!? もう一回、わたしの目を見て、ビシッと言ってみな! その目をくり抜いた方がいいかもね! 取りあえず父君に報告するからね!」


 姉とは違い、産まれながらにギラッギラのラフレシア・妍子きよこ敦明親王あつあきらしんのう相手に一歩も引かず凄んでいた。


 これはマズいと娍子すけこは素早く息子の前に出ると、「すっ、すみません! うちのは本当に見る目がなくて! 趣味の悪さに免じて! これこの通り!」などと必死で謝る。ただでさえ肩身狭いのに! もう、頭の中は真っ白であった。


「この無印の第一皇子風情がっ! 母親の教育が悪いのねっ!」


 妍子きよこは米つきバッタのように謝る娍子すけこに散々毒づいて、結局、母が哀れすぎて敦明親王あつあきらしんのうは、「さ――せんでした……」などとボソリと謝ったという。

 

 そんな風に、普通の姫君ならば恐れおののく敦明親王あつあきらしんのうも『道長の娘』ラフレシア・妍子きよこに正面きっての攻撃はあまりにも無謀なので、取りあえず妍子きよこは安全だったのである。


 そんな敦明親王あつあきらしんのうを、すぐに父である東宮と帝は道長の怒りを恐れて、珍しく一緒になって長々と説教していたが、もちろん彼には効果が無かった。


 それを思い出した帝は、「……まだまだがんばろう」力なくそう言って大きくため息をついていた。「よかったら紫式部むらさきしきぶの部屋からなにかおすすめの本を持ってこさせましょうか?」「あ、そうしてくれる?」


 帝は、道長の姿が消えてからしばらくゴロゴロしつつ本が届くのを待っていたが、そのあたりに置いてあった宗の本を見つけて読んでいると、ふと挟まった「しおり」代わりだったのかなにかの古びた紙を見つけていた。


「なになに、あ、この筆の跡は母のものだ……ここは母がいた部屋か……なになに? 倫子みちこが貸した本を返さない。早く「さかさものがたり」を返して欲しい……え? さかさものがたりってなに!?」


 帝は気力がふつふつと戻るのを感じていた。


 そして、翌朝からは、さかさものがたりってなんだろう? 内裏では聞いたこともない……どこか秘密の匂い……道長に聞いたものか? 知らぬ可能性も……? う――む。


 なんて、用意された朝餉あさげを食べながら、床下になにか潜んでいるのにも気づかずに、天下国家も忘れて深く考え込んでいたのである。


「いつもこんなことしてる訳?」

「まあね……凄い作家魂だろ? 尊敬しちゃった? その気持ち分かるよ……」

「呆れてるだけだから……」


 例のふたり組であった。


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