🔮パープル式部一代記・第五十〇話

『うぬ~~! たかが にょうぼう ふぜいが!』


 そう思ったは、わざとらしく、「あっ! ひっかかっちゃった!」そんなことを言いながら藤式部ふじしきぶに向けて蹴っ飛ばした几帳に紛れて、州浜に置いてあった小舟を小さな手で数隻を鷲掴みにすると、彼女めがけて全力で投げていたが、「カッ!」そんな音がすると同時に軽くはじき落されていた。

 そして、小舟といえば方向を変えて、自分の頭の上にバラバラと振ってくる。


「あいたたたっ! え……?」

「お行儀が悪うございますよ……」


 暗黒女房は、そんなことを言いながらと笑っていた……。


『いま、いま、この にょうぼう、へんなモノもってた!』


「こ、この にょうぼう へん! へんなものもってた! それで、ながこに、ふねをぶつけた!」


 は必死に周囲に訴えてみたが、「藤式部ふじしきぶに関わるとロクなことにならない……」そう身に染みている藤壺関係者は、「なにかありました?」そんな顔をしていたしについてきていた女房たちは、丁度、弟の敦康親王あつやすしんのうがなぜか火がついたように泣き出し大いにぐずっていたので、親王しんのうにかかりきり……なんにも見ていなかった。


 そう、藤式部ふじしきぶは飛んできた木の小さな小舟をすべて例ので打ち返して、内親王は、その打ち返された小舟を頭にぶつけられていたのであった。(几帳は、素早く汝梛子ななし緑子みどりこが抑えに回っていた。


 この程度、寝ぼけた藤式部ふじしきぶが、よろよろと歩き回る藤壺では日常茶飯事であったので慣れたものである)


「やめろよ、ひとの装束に変なモノ隠すの……」


 伊勢大輔いせのたいふは、装束の裾にを素早く滑り込まされて、眉をしかめながら小声で抗議したが、仕方がないのでそのまま隠していた。


「州浜……まだします?」

「う――ん、まあ、見ている分にはおもしろいが、帝に見つからんうちに早めに切り上げるか……」


 道長はそう言いながら、帝がまだ彰子あきこと、例の「漢文バージョン」に夢中なのを確認しつつ、「この絵物語は心の美しい者にしか見えぬ物語……」そんなことを言いながら、まっしろな巻物を内親王に見せつつ、さも当然といった様子で作り話をしている藤式部ふじしきぶを、おもしろそうにながめていた。


「み、みえるわよっ! とうぜん! えっと、えっと……む~~この ものがたりは~~おひめさまね! ながいかみのひめぎみがいる!」

「そうそう……それから?」

「えっと、えっと、じゅだい! おひめさまは~~みかどの、おきさきさまになって~~」

「おやおや……本当に見えていらっしゃいますか?」

「~~~~」


 そんなこんなですっかりやり込められたは、おもしろそうに残してもらった小舟を、おもちゃにして遊んでいる敦康親王あつやすしんのうをよそに、ギリギリと歯を食いしばっていたが、今日のところは惨敗であった。


 彼女は、史実においては一条天皇に、「ことのほか大切にされた品位に溢れた内親王」そんな記録が残っているが、その日、ようやく一条天皇が我に返ったときには、(藤式部ふじしきぶから逃げ出して)おとなしく女童めわらたちに囲まれ景品の「ふずく」と呼ばれる珍しいスイーツ食べ放題を目当てに、貝合わせに熱中していたので、「う――ん、敦康あつやすは預けることにして、脩子ながこも藤壺に通わせるか! うん、ここなら近い年の女童めわらも多いし、きっと楽しいのであろう!」そんな、父としての変な気配りをして、脩子内親王ながこないしんのうは、通いではあるが、しばらく藤壺へ預かり保育の身になってしまい、藤壺にきては藤式部ふじしきぶ相手に毎日ジタバタしていたが、最終的に藤式部ふじしきぶとまともに向きあい過ぎたせいか、精神的にぺったんこになって、最後にはが取れていた。


「は、はやく、むかえにきてね! いつも、えっと、えっと、ながこに、いろいろと ありがとう……」

「まあ……内親王さま。もったいなきお言葉……」


 日がたつにつれ、なんだか随分と丸くなってきた脩子内親王ながこないしんのうに、乳母はほっとして涙ぐんでいたという。

 藤式部ふじしきぶに出会ってしまった内親王は、いまさらながらに乳母や周囲の女房たちの優しさに気づいたのである。


 ***


〈 ある日の藤壺 〉


「えっ!? ななしが、あの あんこくにょうぼうの てさき!? え、ちがっう!? むすめ!? きっと、ななしは、さらわれてきたんだわ!」

「そんなことありませんよ。優しい母ですよ?」

「え……どこにそんなところが? ななし、だまされてるってば!」

「ないしんのうさま……きびしさも、ときには愛なのですよ?」

「~~~~(こいつ、あんこくにょうぼうに、こころまで しはいされてるっ! はっはやく、ここから にげないと、わたしもいつか、こんなことに……)」


 そんな会話を汝梛子ななしとしていた彼女、脩子内親王ながこないしんのうはのちに皇族としても最も高いくらい、一品に叙され、破格の准三宮の待遇と莫大な財を与えられる頃には、すっかり「素晴らしき内親王」と呼ぶにふさわしい人物になっていたが、この頃はまだ心の友である翁丸三世にブツクサグチグチ言うだけであった。


「くそ~あの、にょうぼうめ~~」


 なお、内親王にいつもついてきていた「翁丸おいまる・三世」は、なにか思うことがあったのか、ある日、藤式部ふじしきぶつぼねに忍び入り、彼女の文机ふづくえにあった書きおろしたばかりの「漢文バージョン」の続きを、くちゃくちゃとかじってみたり庭にまき散らしたりと、すっかりダメにしたことがあった。


 一条天皇の愛猫・命婦みょうぶ御許おもととの事件で、島流しにあいそうになった、「翁丸おいまる・一世」と同じように、いや、その事件よりも激怒して頭が真っ白になった帝に、「翁丸おいまる・三世」はやはり、「島流し」にさせられそうになったが、「なんとか、たすけてあげて!」そんな内親王の言葉に、こちらも真っ白になっていた、中宮・彰子あきこちゃんは、「え? なんで? 島流しでいいわよっ!」なんて思っていたが、「あんこくにょうぼう」こと藤式部ふじしきぶが、「ちゃんと控えがありますよ……内親王さまの態度次第では、これを出すことはではありませんけれどね……ちゃんと真面目にお勉強しますって、お約束できたら……」「ぐぬぬ~~」


 そんな事件があり彼女は、とにかく誰が見ても素晴らしい存在になって、藤壺へ通わないで済むようになろう! そんな目標を立てていたとか、いなかったとか……。


 なお、一条天皇崩御のあと、彼女は道長と彰子あきこを嫌って、叔父のなんとか細々と生きていた、定子さまの弟である藤原隆家ふじわらのみちたかの元へと移ったとされるが、このお話ではもちろん藤式部ふじしきぶのせいである。


「あんな女の思い出なんか絶対に思い出したくない!」

「へ!?」


 無理矢理住み込んだ隆家みちたかのやかたで、そうブツクサ言っていたとか、言わなかったとか……

  

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