🔮パープル式部一代記・第五十一話

〈 時系列は、おいでませの夜遅くに戻る 〉


 藤式部ふじしきぶつぼねには、いつものように道長が顔を出していた。


「ああいうガキには序列を分からせた方が早いんだよ……」

「内親王にガキって……それに序列……お前、ただ女房のくせに……」

「これがあるからね……」


 藤式部ふじしきぶは“東三条院さま”からの委任状を道長の前で手にとってと笑うと、「そういや、大納言・ポンパドゥールが道長が通ってこないってイライラしてたよ……」そんな情報をもたらしたので、敦康親王あつやすしんのうを無事に確保していた道長は、「それは大変……彰子あきこのセンスは、アイツにかかっているからな……」とか言いながら、大納言の君のつぼねに足を向けようとしていたが、ふと振り返る。


「そうだ! 日記! 日記書いてくれた!?」

「また今度ね……忙しいんだよ。内親王ってば平仮名の“あ”の字も書けないんだよ……大変なんだよこれが……特別手当増やしてくれ……」

「しかたねーな……青菜でいい?」

「もう、青菜はお腹いっぱい。あのさ、今度でいいからさ餅にきな粉と蜂蜜かけた菓子とやらをくれない? よく分からないんだけど、汝梛子ななしが例の「つぼみの会」で食べて、えらくおいしかったと言うので物語の参考にしたい。あと、高級絹織物の反物を追加で、できるだけ沢山……」

「分かった……でも、反物が欲しいなんて珍しいな?」

「ちょっとね……」


 ***


 そして道長にもらった臨時収入で、藤式部ふじしきぶ汝梛子ななしに新しい装束を揃えなさいと、白いままの高級絹織物を、全部渡そうとしていた。


汝梛子ななし、もう、いまの装束は小さかろう……母は、あまり染色など詳しくないゆえに、つぼみの会や他の女房たちに相談して、自分で、あつらえてみてごらん? 母には、あとで詳しくその様子を、教えてくれれば嬉しい……」

「え? でも、母君の装束を先に……」

「いいんだよ。わたしは、てきとうにするから……いまからあつらえれば、冬には間にあうだろうから……寒さを甘く見てはならんぞ? わたしの兄はそれで命を落とした……」

「…………」


 そんな、もっともなことを言っていた藤式部ふじしきぶであるが、実は、自分の物語にもっと、華やかな装束のアレコレ話を入れたいと、そんなことを考えていたのである。


 が、なにせ、この後宮で頂点を争う趣味のよさを誇る「大納言・ポンパドゥール」や「小少将こしょうしょうの君」とは、いまひとつの仲であったので、汝梛子ななしであらば、なんとか聞き出せると踏んだのであった。


(三連星仲間? は、この場合あてにならなかったのである)

 とぼしい知識を、娘で増やそうと言う魂胆である。


 ***


 一方の反物をもらった汝梛子ななしといえば、自分を気遣う母の心を思い、感動してまだ白い反物を取りあえずひとつだけ胸に、自分のちっちゃなつぼねに下がると、やがて届けられたつぼねいっぱいの反物を横に、「大納言の君」や「小少将こしょうしょうの君」をはじめ、可愛がってもらっている、藤壺の女房たちに、一生懸命に教えてもらったり、手伝ってもらいながら、先に「母」の装束を作ろうとして相談していた。勿体なさすぎる娘である。


 そして話を聞いた大納言の君の姉妹も、「まあ……自分よりも娘のために……」「そうよね、藤式部ふじしきぶだけど、そもそも貧しい貴族出身で、受領ごときのギリギリで妻になった未亡人だもの……きっと追い剥ぎも、いろいろ訳があるのでしょう……」「そうね、きっと、わたしたちには分からない苦労が……大丈夫よ汝梛子ななし! これだけあれば、いろいろと用意できるわ! 染色もよいところを紹介してあげる! でも、先に汝梛子ななしちゃんのを作りましょうね。大人用は、慣れてからまた縫い方は教えてあげるから、自分で染色からやってごらんなさいな。きっと藤式部ふじしきぶも喜ぶわ……」「ありがとうございます!」なんて、ころりと騙されて? 以後、姉妹は、なにくれと藤式部ふじしきぶに、自分たちのお下がりの装束を上げたり、打ち明け話をする中になっていた。


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