🔮パープル式部一代記・第四十九話

 ようやく目が覚めた藤式部ふじしきぶは屏風の裏で、ニンマリと暗黒色の笑みを浮かべ隙間から向こうを覗いていた。


『ほう……あれがか……初めて見たがなるほど皇后・定子さまに瓜ふたつ……』


 そう、が藤壺へくる数日前、汝梛子ななしに、『』の話を聞き、それとなく周囲に聞いてみても、栗の「く」の字も見当たらなかったことから彼女は、「これはなにやら隠し事の匂い……」そう思い、道長に聞いてもよかったのだが、「現場百篇げんばひゃっぺん」を信条とする彼女は、その日の夜更け例の隠し穴からつぼねを抜け出すと、帝が、「定子の恥! 藤壺にだけは知られてはならぬ!」そんな公然の秘密にも似たが住む「危険物取扱処きけんぶつとりあつかいどころ」もとい、「脩子内親王ながこないしんのう御在所」の床下へと滑り込んでいたのである。


「道長のヤツ、なにか企んでいるみたいだから、アイツの情報だけでは精度の信用性に欠ける……さてさてどんな……!」


 床下から、「内親王御在所」の母屋に耳をつけようとすると、いきなり大きななにかが転がる音がする。どうやら幼い内親王がなにやらわめきながら、ドタバタ・ゴロゴロと床を転がっているようだった。


「おどろいた……耳が取れるかと思った……」


 耳を直接、床につけるのは止めにして、しばらく板の上の様子をうかがっていると、どうも夕食が気に入らずに、外へ膳ごと放り投げたはよいが、今度は寝る時刻になって腹を空かせて癇癪かんしゃくを起しているらしい……乳母のオロオロした声がする。


脩子内親王ながこないしんのうさま、いま台盤所へと女房を向かわせましたので……」

「い――ま、いますぐ たべたいの! ながこのいうことが きけないってわけ!? おかみに いいつけてやるんだから!」

「そうは、おっしゃいましても、もう遅い時間ゆえに……きゃあ!」


 なにか、また、「どしん」と音がした。几帳か厨子でも引き倒したのかもしれない……。とんでもないガキだこれは……そう思いながら藤式部ふじしきぶは、「なるほどの意味は分かった。しかし、わたし的にはここでの取材はあまり実りもなさそう……」そう思い、床板もめくらず帰っていたのであった。


 そして、いまにいたる……。


『最強のを持ったまま』


「ながこにございま――す! きゃははっ!」


 そんなことを言いながら内親王が転げ回っているすきに、さささと藤式部ふじしきぶは女房たちが並ぶ列に紛れ込み、ちらっと道長に視線をやり、「さっさと場を進めろ」と合図を送る。


 道長は、と笑って、また、そそくさと姿を消した藤式部ふじしきぶをいぶかしく思いながらも、「あ、そうだった式次第、式次第……まったく、敦康親王あつやすしんのうだけの予定が……」なんて思いながら、少しくらい彰子あきこにも説明しておくべきだったかと、なんだか思い詰めた表情で宙をにらんでいる娘の彰子あきこをちらりと見てから、ご歓談……は、もういいやと思い、「誰ぞ洲浜づくり(ジオラマ遊び)の用意を……」そう申しつけると藤式部ふじしきぶが洲浜の道具を持たせた下働きたちを連れて、妙に神妙な顔で戻ってきていた。


『これ、ひっくりかえしたら、ぜったいに おもしろい!』


 そんなことを思いついたは、素早く用意された州浜に近づいたが、次の瞬間には、ぱっと飛び下がっていた。


 なにせ、州浜を持ってきた陰気な顔の女房は、闇に引きずり込まれるような、陰湿な輝きを瞳に浮かべ、胸元から取り出したなにやら大切そうな紙には、よく知った筆の跡……


「げっ……そのもじは……」

「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません……お初におめもじいたします……本日、藤壺での内親王さまのを“東三条院ひがしさんじょういんさま”(※女院さまの正式名称)より仰せつかりました藤式部ふじしきぶと申します……で……とのお申しつけにございます……」


『やっぱり!』


 暗黒女房をはキッとにらんでみたがやはり効き目はなく、父である帝を振り返ってみたが、この世界の最高位である父は、自分とは目をあわすことを避けるように中宮がなにやら「海賊版がどうのこうの……」そんなことを言うのに、懸命になにか言い返しながら中宮が手にしている紙の束を必死に手に入れようとしていた。


「やっぱり、ながこなんて、どうでもいいんだ!」


 そんな娘の声に帝から返事はなかった。


「だから、その、彰子あきこ! それは海賊版ではなくてっ! と、とにかく朕に一度!」

「…………」


 活字中毒系男子は、「黒塗りされた例のアレが!」そんなこんなで頭が一杯になっていて、問題児の娘どころか、もう、周りが見えていなかったのである。

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