🔮パープル式部一代記・第四十八話

 中宮・彰子あきこちゃんの母、倫子みちこは、「中宮さまwith藤壺女房’s」発案の『おいでませ藤壺へ』の式次第見本に目を通して深いため息をつき、愚痴をこぼしていた。


「洲浜づくりと貝合わせはよいとして……なんなのこの“ふじつぼのたたかい”と言うのは……こんなが受けますか!」


 見本の内容としては下記の手順であった。


***


・帝ご一行と中宮さまの顔あわせのご挨拶


・ご歓談ののちに、藤壺の女童めわら総出演『さねすけVSさんれんせい ふじつぼのたたかい!』のご鑑賞


・なごやかにご一家と中宮さまで『洲浜づくり(ジオラマ遊び)』『豪華賞品がもらえるかも? 藤壺の中宮さま主催、貝合わせ大会』ご体験


・早咲きの藤の花をひと房ご用意して、内親王さまには「珍しき菓子詰めあわせ」を贈呈。親王さまにも「豪華おもちゃセット」贈呈 


・流れでお開き


***


 そして、彰子あきこちゃんが根暗の地を出して暗い表情でグチグチ言いながら、海賊版を手に母屋へ戻った頃には、『さねすけVSさんれんせい ふじつぼのたたかい!』は、『絵巻物語』へと変更されていたのである。


「え? なんですの? この絵巻物語とは?」

「当日届けます……我が家の宝、あなたの御祖父君にあたる源雅信みなもとのまさのぶが臣籍降下(皇族から臣下にランクダウン)にあたり当時の帝より下賜された家宝にございます……」

「ええ――“さねすけVSさんれんせい”の方が……いえ、まあ、母君がそこまでおっしゃるならば、いいですけど……」


 女院さまほどではないものの、母、倫子みちこも目を血走らせて、「言うこと聞かなきゃ取って食う!」それ程の大迫力であったので、彰子あきこちゃんも、しぶしぶ、母のいう『絵巻物語』とやらの説明に脇息にもたれ、やれやれと耳を傾けていた。


「よいですか親王さまは、まだ二歳、取りあえず菓子でも玩具でも与えて、乳母に任せておけばよろしい」

「はあ……」


 ずいぶんぞんざいなだと彰子あきこちゃんは思ったが、まあ、子育て経験者の言うことなので間違いなかろうと、側にいた大納言の君に、「菓子と玩具の手配よろしく……」そう言う。そして、母、倫子みちこは大きく息を吸いこみ巨大な溜息をついてから、さも「大災難」そんな風に、例の「いがくり」のことを持ちだしていた。


「いがくり……いえ、脩子内親王ながこないしんのうですが、これがなんと言いましょうか……」

「どうかしました……? 四歳とか……たしか汝梛子ななしと同い年? 可愛いでしょうね」

「そんなの比べてはなりませんっ! 汝梛子ななしは御仏の慈悲か天のいたずらが、藤式部ふじしきぶにもたらされた奇跡! 不釣りあいがすぎる賢くも愛くるしい女童めわら! いがくりといえば可愛いとか、可愛くないとかではなく、あれは災厄! 大迷惑! やっかい者! 中宮さまの藤壺はじまって以来の難儀事!」

「え……?」


 彰子あきこちゃんは母の険しい表情に、「そんな大げさな……」そんなことを思っていた。


 静かにしていえば、「根暗根暗」ちょっと活発だとこの騒ぎ……きっと、元気の有り余っている子どもなんだろうと、彰子あきこちゃんは考え周囲を見渡して、いつの間にか母好みに変えられてしまっている母屋のインテリアに、ため息をついてから、まあいいわ……帝がいらっしゃったら絶対に、式部省しきぶしょう印の紙の件を聞いて見なければ……海賊版……許すまじ……!


 などと、頭の中は海賊版で、ほぼ、一杯一杯になっていたので母の言うことには、てきとうな返事をしていた。


「まあ、脩子内親王ながこないしんのうのことは、あとで中宮大夫ちゅうぐうだいぶ斉信たたのぶに聞いておきます。絵巻物語はよく分からないので、母君にまかせます……忙しいので……」


 彰子あきこちゃんはそう言うと、小少将こしょうしょうの君を、中宮大夫ちゅうぐうだいぶのもとへとゆかせたが案の定というか、『小心者が十二単じゅうにひとえを着ている』そんな小少将こしょうしょうの君は、斉信たたのぶのところへ行って、檜扇越しな上に超小声で、「ぁの、そのっ……ぃ、ぃがぐりの……」こんな調子であったので、「え? なに!? 声がちっちゃくて聞こえない! One more time! もっとしっかりはっきりと!」なんて言われて一瞬で気絶していた。


「一体なんなんだ……」

……は、聞きとれました。もしや藤のうたげに中宮さまが栗をご希望では?」

「栗……無理だぞ……この春先に……」

「どうしましょうかねぇ……」

「取りあえずコレ(小少将こしょうしょうの君)返しがてら藤壺で訳を聞いてこい! も――いっつも、いっつも、二度手間! 三度手間!」


 そう、藤壺はあまりにも上臈じょうろう……つまり、いわゆるハイソで高貴な姫君が数多く勤めているので、男君に顔を見せるだけでも精一杯、女房としての役割は、ほぼ機能不全であった。(取次関係で実働できるのは、大納言の君、伊勢大輔いせのたいふ赤染衛門あかぞめえもんくらいのものである……藤式部ふじしきぶといえば、もう別枠、むしろ会いたくないので、だれもなにも言わない……)


 それから数刻後、斉信たたのぶがいる中宮職ちゅうぐうしきには、藤壺の方から官吏の叫び声が、うっすらと聞こえていた。


「さっき藤壺に行ったヤツ、まさか藤式部ふじしきぶに捕まったか……」

「最近、左大臣が藤式部ふじしきぶに日記を書けと、うるさいらしくって、取りあえず参考が欲しいと、持ち歩きの具注暦ぐちゅうれき(暦・行事予定付き、ひと言日記帳)をなんて強請ゆするために、たまに御簾みすから飛び出してくるんですよね……」

「あれはびっくりするから、藤式部ふじしきぶつぼねの前を通るときは先に青菜を投げて、目を逸らさせろと言ったのですが……」

「青菜を忘れてるじゃん……」


 中宮職ちゅうぐうしきの隅っこには、「魔よけの青菜?」が、ぽつんと転がっていた。


 ***


 翌朝早朝、絵巻物語は無事に藤壺へ道長が届け、ついでに藤式部ふじしきぶつぼねに顔を出し、単衣一枚でふすま(薄手の掛け布団)にくるまっている藤式部ふじしきぶに、「おい、今日お前、なんの日か知ってるか?」「あ?」なんて会話をしていると、「帝御一行の御渡りで――す!」なんて声が響きだし、珍しくお揃いの装束を着た女房たちは、母屋のあたりに勢ぞろいしていたが、相変わらず貫徹地獄であった藤式部ふじしきぶは聞いていたのにすっかり忘れていたので、「しょうがねえな……お前が横にいないと彰子あきこの映えが悪いじゃねーかっ!」などと、酷い言いがかりの道長と、道長に付きあわされている斉信たたのぶに、無理矢理「お揃い装束」へ着替えさせられて、母屋へ担いで行かれたが眠気に勝てずに、彰子あきこちゃんの横で、グラグラしていた。


 なお、斉信たたのぶは、「俺は脱がせるの専門なんだけど!?」などとブツクサ言っていた。もう、女でもなんでもない、本気の「置物」扱いである。


 それでも藤式部ふじしきぶが、意識不明のままふらふら座っていると、なにやら帝の横にいた、ちんまりとしたモノが動いていたかと思うと急に叫んでいた。


「なにそれ!? なにそれ!? そのゆれてるのなに!?」


 いがぐりである。

 彼女は目ざとく藤式部ふじしきぶを見つけていた。


 『母君の危機!!』


 そんなことを思った汝梛子ななしは、素早く藤式部ふじしきぶのうしろに回って母を支えながら、「藤式部ふじしきぶにございま――す」なんて声色を真似してみたのがなにかに入ったのか「いがぐり」は、ひーひー笑っていた。


 そんな脩子内親王ながこないしんのうを、とまどった帝(いつも美少女、彰子あきこちゃんに目が釘付けで、藤式部ふじしきぶは目に入っていない)がとがめる。


「これ脩子ながこ、中宮に先にあいさつを……」

「あ、え、だって……はっ、はじめっは、は、は……はじめましてっ! なっっ! ながこにございま――す! あはははっ! ながこと、あ、あつやすにございま――す! あ――おなかいたい! きゃははっ!」

「…………」


 これは出だしから大失敗した……一条天皇は痛恨の極み……そんな表情で転げまわって笑う脩子内親王ながこないしんのうを、少し固まった表情の彰子あきこに、どう紹介したものかと、額に手をやっていた。


 早咲きの藤の花弁が、どうしたものか、ふいと御簾内みすうちに入ってきて、それは美しい光景であったが、脩子内親王ながこないしんのうは「姉君」なんてふと思った中宮・彰子あきこのことも忘れて壊れた録音機のように、「ながこにございま――す! ながこにございま――す! ながこにございま――す!」なんて、女院さまの檜扇が十連発で脳天に刺さるような、はしゃぎっぷりで、その隙をついた汝梛子ななしは、緑子みどりこにも手伝ってもらい、例の屏風の裏へ、母の藤式部ふじしきぶをなんとか押し込み、その騒ぎで藤式部ふじしきぶは、ようやく目が覚めていた。

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