🔮パープル式部一代記・第四十七話

「ひょっとしてどこからか見つけてきたかしら……そんなの許せないわ……」


 彰子あきこちゃんの疑問は当然? であったが真実はこうである。


 なぜ、こんなことになっているのか、藤式部ふじしきぶに、またもや負荷がかかっているのかといえば、この律令国家の中心のそのまた最高会議「陣定じんのさだめ」に、例の大けが詐称で道長が欠席している間の公卿たちと、原因になった道長のせいであった。


「さて、今日は、どうしましょうかね?」

「う――ん、いくらなんでも本当の本当に大事な議決は、左大臣抜きではできないし……」

「あとで、なにされるか分かったもんじゃない!」

「大事に見えて、まあそうあたりさわりのない話はない訳?」


 そんな風になんだかんだと議題を検討した結果、赤染衛門あかぞめえもんの夫である大江匡衡おおのまさひら、つまりメロス・匡衡まさひらが所属している式部省しきぶしょう(文部省的なところ)から出されていた「源氏物語・漢文バージョン」を大学寮に設置したい。そんな訴状を取り出していたのであった。


「え!? あれ、漢文バージョンまであったのか!?」


 そう口走ったのは、この「陣定じんのさだめ」でも藤原実資ふじわらのさねすけであった。


「え? 知らないんですか――あれね、元は、漢文だったんですよ……それも仮名バージョンよりも……くくっ!」

「おいおい、そこまでにしておけよ……漢籍の勉強しておいて本当によかったよな!」

「学問ってのは大切なんだよ……仮名より小回りきいてない分、より想像力がかき立てられるよな!」


 そんな会話をしていたのは、中宮大夫ちゅうぐうだいぶ斉信たたのぶと、あの、熱烈な藤式部ふじしきぶ信者の宰相の君の父にして、道長の腹違いの兄の藤原道綱ふじわらのみちつなである。


 まあ、兄といっても道綱みちつなは、母が正妻ではないので、道長に、「丁稚奉公」そんな様子でごまをすりまくってそこそこに安定した暮らしをしており彼は娘ですら、「はいはい、どうぞどうぞ」と女房に出すような腰の低い人生ではあるが、いまの暮らしに満足していた。

 そしてその関係で、藤式部ふじしきぶであったときに道長に送りつけていた頃から、「源氏物語」を読んでいたのであった。


「いやいやまずいだろ、これが教材は!」

「でも、あんまり真面目真面目では、講義の食いつきが悪いらしくって……」

「飴と鞭、緩急と清濁併せ吞んでこそ、高級官僚……」

「うむむむむ――」


 そうして、意味もなく長引いた話がまとまった結果、「源氏物語・漢文バージョン」は、「全学生に配る訳にもゆかん。予算もあるし、あれはあくまでも正規の教養を身に着けるための! 選ばれし者の息抜きである! 読めるのは成績優秀者のみ!」……そんな訳で普通は火事対策として、「牛の移動図書館っぽい物」つまり火事が起きてもすぐに牛へ繋いで持ち出せるようになっていた、当時の本や巻物の保管方法のひとつ、可動式の本棚の「文車ふぐるま」が採用されることになり、藤原実資ふじわらのさねすけも苦い顔をしていたが、実は興味津々であった。


「ほらこれ現物!」

「なになに持ち歩いてる訳!?」

「だって、もう続きは仮名しかないからさ――これ読んで妄想している訳よ! 大事だし! 左大臣以外でこれ持っているのは俺と、お前と……メロス・匡衡まさひらくらいだよ?」

「なんでメロス持ってんだよ!?」

「メロスは道長と仲いいからね」


 公卿たちが、「漢文バージョン」を囲んで騒ぐ中、実資さねすけは大声を上げて一喝する。


「けしからん! まことにけしからんが……清濁併せ吞んでこそ……そこは正しい意見である……」

「よっしゃ! 実資さねすけの許可が降りたぞ!」

「では……決まりということで! 本日は解散!」


 まあ、そんなこんなで結局は決裁が下され、当時、道長とのやり取りでそれどころじゃなかったはずの帝も、「え!? 未来を担う官僚候補のために物語の漢文バージョン復活!? 許可した! 朕にも持ってくるように!」

 道長とのやり取りの間に、素早く裁可を下していた。


 結果、藤式部ふじしきぶの負担は、激増していたのである。


「あの、うちの夫(メロス)がなるべく定期的に続きをと……写本の都合かなにかで……」

「う……うん……赤いのには借りがあるからな……明日の朝には必ず揃えておく……」

「あの、わたくしが口述筆記いたしましょうか?」

「いやいや、そこは書きながらのインスピレーションなので……」


 そんなこんなで、「親子で読める源氏物語」の歎願は山積みであったが、先に急遽、「Rマシマシ・漢文バージョン」は、ついに満を持しての復活のを上げていた。


「紙代もバカにならんからな……話を続けるためには売り上げがいる……いまで売り上げと材料費……カツカツだしな……」


 藤式部ふじしきぶは、そう道長に脅されてもいたのである。


 ***


〈 大学寮 〉


「牛の図書館まだこないね……」

「今日は続編が十冊あるってさ! 待ちきれないねぇ……成績は譲位トップ3には入ったから、なんとか借りれるはず……あ、きたきた!」


 ときおり式部省しきぶしょうから出る牛の図書館は、毎回、大学寮の門前で出待ちされていたという。そして、メロスを筆頭にした漢文バージョンの再発行や続きを待っていた貴族(主に男子)は、その話題に大いに沸いて、「もうさ、式部省しきぶしょうに漢文バージョン専門の写本部作ろうよ!」そんな話すら出ていたのである。


 そして、うれしいことにその余波? というかせっかくだからと、「牛の図書館」からついでに借りてゆかれた藤式部ふじしきぶ推薦の「真面目な漢籍関係書籍」も読んでみれば侮りがたし……いとおもしろく……そんな話が広がって結果的に大学寮の質は底上げされたのである。


 なお、藤原実資ふじわらのさねすけが漢文バージョンを読んだのか、読んでいないのか? それは、かの有名な『小右記』にも記録はない……そして、複数写本された「大学寮」の源氏物語・漢文バージョンは、すべて応仁の乱で焼失している。


 付け加えると、困難な道長との取引に疲れながらも心待ちにしていた帝が手にした「漢文バージョン」は案の定というか、すべて、蔵人頭くろうどのとう行成ゆきなりに真っ黒にされてしまって、なにも読めなかった。


「やはり朕は彰子あきこをたずねるしかないのか……」


 一方の道長は、がっぽりと朝廷から印税を取り、作者の藤式部ふじしきぶはといえば青菜が大盛りになっただけであった。

 

 以前、道長にもらった「墨の豪華セット」に喜んでいた彼女であったが、本当はそれくらい自分で買えたはずであった。


 が、貧しい幼少期の体験から、「そうか……紙は高いしな、購買層を増やすやめにはやむを得ん……売れるためならば、漢文のみエロを増やすのもいたしかたなし……う――ん、この物語はわたしの生命だから……まあ、新鮮な青菜はおいしいし……」などと、必死にかんばっていたのである。藤式部ふじしきぶは、すっかり道長に騙されていた。


***


〈 土御門殿つちみかどどの 〉


「かわいいヤツ……」


「殿……どちらの“おなご”のことで?」

「え? いや、威子たけこ(二歳)の話。ことのほか、倫子みちこによく似ている……」

「まっ! 殿ったら!」


 そんなやり取りのあと、深夜、道長は次の除目じもくに関する申文もうしぶみに自分の損得勘定と、ほんのり帝の考えを考慮して細かくチェックを入れていたが、あの日、初めて会った日に驚かされた仕返しだと、ひとり密かに「本音」を思い出してほくそ笑んでいた。


「かわいいヤツというか……バカ? 本当のバカさまは、お前だよ、ゆかり……もうひとりでも、お前ならやってゆけるのにな……ははっ!」


閑話休題


***


そして話は『おいでませ』へと戻る……。


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