🔮パープル式部一代記・第四十六話

 さて、が藤壺にやってくる数日前に中宮・彰子あきこちゃんの母にして、朝廷で仕事もしていないにもかかわらず、という道長と同じ地位を持つ倫子みちこは、とんでもない量の大きなつづらを持って、藤壺にやってきていた。


「え? ど、どういったことでせうか……?」


 中宮大夫ちゅうぐうだいぶにして道長のツレ(ご友人)その弐、斉信たたのぶは、その騒ぎに驚いていたが、『おいでませ』の件ですって……そんな風に自分の部下の官吏に耳打ちされると、「なんだ模様替えか」そう言ってから、「今日の藤壺の監視(藤式部ふじしきぶ)はしなくていい」そう言うと晴れ晴れとした顔で本来の仕事、「藤のうたげ」のあれこれにいそしんでいた。「今日は仕事がはかどりそうで嬉しい……」


 そして、藤壺のあるじ彰子あきこちゃんといえば、その日は特に予定もなかったので、「なんだかしばらくらしいし、もう一回『さねすけVSさんれんせい ふじつぼのたたかい!』でも見ようかな……」とんでもセンスが溢れかえる藤壺で、のんびりとそんなことを考えていた。


 そんな彰子あきこちゃんは、母である倫子みちこが大荷物と一緒にやってきたので驚いていた。


「どうなさいましたか?」

「どうなさいましたもこうなさいましたも……女房を全員集めて下さいませ……」

「え?」


 そう、親王と内親王がくる例の、『おいでませ藤壺計画』において、物語と彰子あきこちゃんに全集中のな帝はともかく、「叔母さま! このままでは、どうにもこうにもなりません――女房どもときたら衣櫃ころもびつに入れてあるはずのお揃いコーデの十二単じゅうにひとえまで、どこかにやってしまって限界です――」そんな、大納言・ドゥ・ポンパドゥールこと、大納言の君の悲鳴のような泣き言を聞いて、彼女は仕方がないと土御門殿つちみかどどので、藤壺のすべての女房たちの装束を用意して、内裏へとまかり越していたのであった。


「え? 女房たちの装束? 別に、ご心配なさらなくても問題なし……」

「~~~~まあまあせっかくの機会ですから! もうすぐ藤の宴も開催されますし! ねっ! ねっ!」


 別に大丈夫なのに……壊滅的なセンスの彰子あきこちゃんは、母がなにを大慌てで女房たちの装束を持ってきて集まった彼女たちに口すっぱく、『おいでませ』の日の段取りを言っているのか理解できなかったが、『まあ、昔から母君は装束をアレコレ言うのが趣味だもんね……』そんなことを思い、正直『めんどくさ……』そんなことも思っていたのでしばらくしてからそっと母屋を抜け出すと、藤式部ふじしきぶつぼねに、こっそり避難していた。


 母屋で見かけなかった藤式部ふじしきぶは、案の定、寝こけていて、「最近どうして物語が進まないのかしら?」彰子あきこちゃんはそう思いながら、彼女の原稿を漁っていると、最近ようやく理解できるようになった「漢文」の原稿らしき束を発見する。


「え? なぜに、こんなものが……? まあ、いまはちゃんと読めるけど……でもこれ……ちょっと話が大人向けのやつよね。仮名になったはずがまた続いてた……え?」


 それから、彰子あきこちゃんは、母の倫子みちこが「藤式部ふじしきぶどうしましょう? でも、横に置いておけと殿が……中宮さまの引き立て効果だし……」ななどと悩んでいることも知らず、その場にしゃがみこんで漢文バージョンの物語を読みふけっていた。そしてふと気づく。


「知らない間に続きが出ていたなんて……あれ? でもこれうちのの入った紙じゃない……式部省しきぶしょう印の紙になってる。え? どういうこと?」


 彰子あきこちゃんは、「ねえねえ、これ、どうなってるの?」と、藤式部ふじしきぶを揺さぶってみたがとても起きそうもなかったので、中宮大夫ちゅうぐうだいぶ斉信たたのぶへ訳を聞いてくるようにと、女房に言いつけていた。


「ひょっとして藤式部ふじしきぶが見つけたのかしら……それだったらそんなの許せないわ……」

「中宮さま、そんなことよりも装束を……ほら、こんなに美しい染め上がり……」


 せっぱ詰まった母の声は、彰子あきこちゃんの耳には入っていなかった。

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