🔮パープル式部一代記・第四十五話
その翌日、「いがぐり内親王」こと
誤解は誤解を招きいがぐりが藤壺に「お試し保育」へゆく日はすぐにやってくるが、なにせ、いがぐりは、「藤壺」の話「帝」の話なんてなにひとつ聞いちゃいなかった。
***
〈 それからしばらくたった
藤壺へゆく当日の朝も早くから、少しでも、「いがぐり内親王」を見栄えよく。そう帝に命じられていた女房たちは、一生懸命に揃えた様々な品を準備していた。
それに、帝直々に特注した
ひとつひとつ、一枚一枚が裕福な公卿の姫君であっても、なかなか揃えられるような品ではなかった。
だがしかしいがぐりは起き抜けに、それらを目にした瞬間、駆け寄ると、上で飛びはねて踏みにじり、ぐちゃぐちゃにしていたのである。
「あっ!」
この犬は実は、一条天皇のお気に入りのネコの
「キャン!」と吠えた
「なんで、みかどのむすめが、ないしんのうが、わざわざ、しんかのむすめであった、ちゅうぐうに、きをつかうわけ? え? わかんない! わかんな――い」
「~~~~」
もう帝がいらっしゃるというのに……そんな風に、とんでもないことになってしまったので前出の下働きたちは、「あ――あ、やっぱりね」そんな顔をしていたが、とうとう奥の手というか、まことに遺憾ながら最終兵器を、帝は送り込んできた。
彼としても、「
ざわついた空気が、「
「なに? なにがどうしたっていうの……え?」
「女院さまがいらっしゃいました……」
「げっ……あいたっ!」
そう、帝は、幼い頃は嫌で嫌で仕方なかった。そんな、しつけに鬼厳しい自分の、帝の実母で国母にして史上初の女院、そしてなぜかまだピンピンしている
「母……いや、女院さま、いきなりそこまで……」
「そうやって甘やかすから、この始末……なにか言い訳はございますか……」
「え……いや、その……ございません……」
そう、いがぐりは女院さまにその所業を見とがめられて、いきなり閉じた檜扇で頭をひっぱ叩かれていたのであった。
「にょいんさま、ひどい! わたしのこと、きらいな……いたっ!」
また、いがぐりはひっぱ叩かれる。
「口答えはゆるさん! それにちゃんと手加減はしておる。そなたは未来の帝ではないゆえ甘いしつけである! 帝は、もっと厳しいしつけであった! それもこれも帝のため! 子の将来のためなら母は鬼になるのだ! そしていまのはそなたのためである! なさけなや! とにかくすぐに人前に出られる姿におなりなさい! ああ、時間がない! 朝のしつけはまた今度! これ、女房ども早う支度を! こんなことだろうと新しい内親王の着替えは、わたくしが持ってきておる!」
「はっ、はい!」
着替えを受け取った女房たちがいがぐりに近づいて、朝の支度を素早く整えている間、女院さまはぎっとした表情で彼女を睨み続けてさすがに委縮したいがぐりは、しぶしぶといった表情ではあったが女院さまが用意したという、美しい
ふてくされている彼女に、帝は、オロオロしていたが女院さまは容赦なかった。「鉄は熱いうちに打て」そんな言葉を背中に背負っているような女である。帝といい彼女といい、「その間はないのか?」そんな極端な子育て論者であった。用意が整ったいがぐりに、女院さまは声をかける。
「
『え? 溺愛……え?』
帝といがぐりの顔にはそんな変な表情が浮かんだが、女院さまは、気にもしなかった。
「よいか、中宮・
「…………」
「しかし、だがしかし
「みちたかよりも……?」
「ず――っと、親切で有能で優しい帝を支える替えの効かぬ忠臣である。わたくしの大切な弟でもある。ゆえに、中宮・
「…………」
女院さまは返事がないので、再び閉じた檜扇を高く振り上げる。
「返事はっ!?」
「はっ、はい……わ、わかりましたっ!」
女院さま怖さにしかたなく返事をしているいがぐりの横で、昔を思い出した帝も無言であった。そして、母、女院さまの「道長忠臣説」に母は騙されている……そうも思っていたが、言い争いをしている時間はなさそうである。
先程からなん度も、「もう、時間一杯一杯ですよ!」そんな表情と態度で、控えている
『もし、
そう言い残して消えた母の女院さまを思い、「やはり母は鬼厳しい……なんとか
初めて訪れた藤壺は、それは美しく、優しそうな、多分、中宮さまとやらがいた。母の代わりと聞いていたがこれでは姉である。いがぐりは長女あるあるで、年上の兄妹に少し憧れていた。
しかしながら、幼いいがぐりは知らなかったのだ。
『進むも地獄退くも地獄……藤壺に住まう鬼も裸足で逃げ出すと評判の……あの女の存在を……』
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