🔮パープル式部一代記・第四十四話

〈 時系列は元に戻る 〉


 その日、藤式部ふじしきぶつぼねから内裏へ戻った道長は、いろいろと考えることが多く、ゆかり……ではなく藤式部ふじしきぶが用意していた、お見舞い……例の手斧ちょうなと呼ばれるを、杓と間違えて内裏をうろついていたので、「左大臣さま、なんだか分からないけれどそうとうお怒り……」「を藤壺で預かるのが嫌なのかな?」そんな話で内裏は持ちきりであった。


 そう、計画通り、「敦康親王あつやすしんのう」だけ彰子あきこが皇子を産めなかったときの「保険」として、引き取るつもりが、あの、「いがぐり」までと帝が言い出していたのである。帝にしても珠玉の宝ではあるけれど、最近、を持て余していたのだった。


「母の……女院さまの厳しさは、子としてはどうかと思っていたけれど……その厳しさので、朕は、まともに育ったってこと?……え? 育て方を間違ったかな?」

「おかみ……」

「う――ん、彰子あきこならなんとかしてくれるはず!」

「おかみ……」


 ***


な――計算外……」


 土御門殿つちみかどどのへ戻った道長は、打球だきゅうと呼ばれる、平安ポロ競技、そんな遊びに使う「球」をどこからか持ち出すと嫌そうな顔で、で突っついていた。


「殿? なんですのソレは?」

「地獄からのお見舞い……藤式部ふじしきぶからお見舞いってもらった。なんだろうな?」

「殿、藤式部ふじしきぶには先に欲しい物を指定せねば、おかしな物が届くのですよ……なにせあの独特のセンスですから……」

「そうかもね……」


 妻の倫子みちこは不思議そうな顔でしばらくを見ていたが、取りあえずしかたがないと、「快気内祝」的な品を用意ようとしたが、「祝・親王、内親王、おいでませ藤壺へ」の用意にいまからいろいろと忙しく、結局、道長が、「俺が適当に出しとくよ」そう言ってなにかを用意すると、使いに届けさせていた。

 

 ***


〈 翌日の藤式部ふじしきぶつぼね 〉


「やれやれ大層な物を見舞いにやってしまった。また取材用に新しいものを用意せねば……あれまだ新しかったのに……」


 そんな風に藤式部ふじしきぶつぼねでボヤいていたが、なぜか道長から、「快気内祝」的な品が届く。あの、大和国やまとのくにの順番待ちの高級墨、豪華蒔絵箱入りであった。


「こ、これはっ! あのがくれた品……しかも今回は十二本セット! さすがは左大臣……しかしこの墨はなにやらよからぬがする……ま、いいか……墨に罪はない……」


 藤式部ふじしきぶと笑うと不気味な笑みを浮かべて、墨のつまった箱に頬ずりをしていた。豪華蒔絵箱の箱の底に小刀で不器用に刻まれていた、「ゆかりへ」小さなその文字に彼女は気づかなかった。


 ***


「ただいま帰りました――」

「おお、早かったな汝梛子ななし……中宮さまに、ご挨拶は済ませたか……」

「はいっ! 母君に頂いた様々に美しい形の揚げた菓子・唐果物も好評でございました!」

「そうか……」

 幼い汝梛子ななしには自分のような取材は無理だと彼女は思ったので、例の写経のお礼にと中宮・彰子あきこちゃんに頼んで、様々な「最高級の唐果物・揚げたお菓子」を用意してもらい、それを持たせていたのであるが、あまりにも眩しい笑顔に圧倒される。


 さすがは、「人たらし」の娘。彼女の笑みは藤式部ふじしきぶですらなにか染み入るものがあった。


 産んだ覚えのない娘ではあるが、藤式部ふじしきぶは、その笑顔の裏には確かに宣孝のぶたかが映って見えたので、血のつながりとは凄いものだ……これも物語に取り入れねば……そんなことも思っていた。


「どうかなさいましたか?」

「いや、ほんにそなたは父に似ておるな……」


 常人が見れば、ただの暗黒色のであったが汝梛子ななしは『つぼみの会』であった、おもしろき話をあれこれと語りながら、「母君は父君をいまだ忘れられずにいらっしゃる……」そんな風に思い、それを儚くも悲し気な笑みだと思っていた。そして唐突に思い出していた。


「あっ! そういえば、近々、藤壺にが届くそうですよ!?」

……秋でもないのに?」


 藤式部ふじしきぶはそんな言葉を発してはいたが、「栗はうまいぞ……汝梛子ななしは食べたことがなかろう?」と言いだし、汝梛子ななしがひとりでなん役もこなして彼女に披露した、『つぼみの会』で大受けしたという寸劇、『さねすけVSさんれんせい ふじつぼのたたかい!』が、あまりにもよくできていたので、これは実物を見てみたい……そう思い、汝梛子ななしの手をひきながら母屋へずりずりと袴をひこずって、相変わらずの墨にまみれた十二単じゅうにひとえで、母屋に姿を現していた。


 が、もうそんな、「ご乱心」といった装束スタイルにもすっかり慣れ切った沢山の女房たちをよそに、藤式部ふじしきぶ彰子あきこちゃんの耳元で、「かくかくしかじか……」そんな話を耳打ちし、「まあ、それは是非観てみたい!」そんな一言で、母屋には急遽、藤壺にいる女童めわらたちが集められていた。


 実資さねすけ役の女童めわらは難しい顔で口を開きながら、中宮さまに向かって語り出す。


「ひとこと! ふじつぼのにょうぼうどもに~~! この さねすけが、ひとこと、あ、ひとこと、この さねすけが~~ものもうしまする~~」


 それだけで、彰子あきこちゃんは吹き出しそうであった。檜扇を持つ手が震える。


「なんと、なんと、そのときでございました。さねすけどののまえに、あらわれたのは~~! はっ!」


 あいの手が入り、小さな真っ赤な十二単じゅうにひとえを着た女童めわら、桜コーデの女童めわら、墨にまみれた小さな十二単じゅうにひとえ女童めわらが誇張のためか、ででんと、実資さねすけ役の女童めわらの前で立ち上がると、パッと衵扇あこめおうぎと呼ばれる小ぶりの檜扇を開き揃って高くかざしながら、高らかに声を出していた。


「われら、ふじつぼ、さんれんせん! われらは、ちゅうぐうさまを、おまもりするおやくめ! そなたは、ちかづけさせぬ! まずは、われらと、しょうぶ、しょうぶ! さあ、いざいざ、いざいざいざ!」


 そう言って、ちっちゃい実資さねすけと、ちっちゃい三連星はなんとなく拍子をつけて舞い踊りながら、よくわからないので適当に聞きかじったような漢詩でバトルをしていた。もう、母屋は盛り上がりも大盛り上がりである。


「なにこれ本当にやったの!? 再現度高すぎる!」

「これは、全貴族に見ていただきたい!」


 そんな風な言葉と共に、藤壺の母屋には我慢しきれずにこぼれた笑いが広がっていた。そんな騒ぎのあとで、珍しく藤式部ふじしきぶから最新ニュースを聞いた女房たちは首を傾げていた。


「え? もうすぐ栗ご飯が食べられる? そんな話は聞いていないけど……季節外れだし……」

「そうか……まだ、考え中なのかな……残念……」

「それにしても、さすがは藤式部ふじしきぶの娘!」

「え?」

「このお話、汝梛子ななしちゃんが作ったんだって! 振り付けも! さすがだね!」

「へ――」


 ***


 あとからみなに、「さすがは、藤式部ふじしきぶの娘、才がある!」そんなことを言われた汝梛子ななしは、ひどく嬉しそうで藤式部ふじしきぶの方をチラチラ見ていたので、彼女は、「似てて嬉しいのかな……」気にはしていなかったが、自分の悪い評判を知らぬでもなかったのでそうも思ったが、本人が嬉しそうだしまあいいかと汝梛子ななしの頭を、ぎこちなくなぜていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る