🔮パープル式部一代記・第四十三話

 そう、宰相さいしょうの君の女童めわらとなって出仕していた汝梛子ななしは、すっかり内裏にも慣れて、山吹子やまぶきこを頂点とした、どんな貴族に仕える女童めわらもあこがれる選ばれし女童めわらの頂点たちだけが参加できる『つぼみの会』の正会員にもなって、今日は会合の日でお泊りで出かけていたのであった。


 そして道長は今回の襲撃騒動について、ふと、たずねてみる。


「なあ、この話も物語のネタにするのか?」

「あ? しないよ?」


 道長の問いをは即座に否定したので、彼は少し意外でじっとゆかりの陰気な顔を見ていると、彼女は闇深い笑みを浮かべて、彼に向かって言葉を続けていた。


「なあ、バカさま……お前は女目当て以外でも外をウロつくのが好きだったから、他の貴族より少しは世の中を知っているだろう? 少し日照りが続けばすぐに人は干からびて、ウジすら湧かないカラカラに干からびた死体になって、ゴーロゴロ……大雨で川が氾濫すれば流された水死体が、ぷっかりぷっかり……」

「それがどうした? まつりごとへの苦情か……?」

「いや、そんなもんじゃないよ……」

「???」


 ゆかりはと笑う。


「バカさま、わたしとあんたは昔からだろ? 世の中のあれこれなんて……本当は、これっぽっちも知ったことじゃない……わたしは、ただただ美しく雅やかな物語を、自分の理想の世界を紙の中に、その上に作り上げたいだけさ……本音を言えば見せつけるのはバカさまだけでもいい。そして、あんたはあんたで自分の理想の世界を、この世に作り出したいだけだろう……わたしと違ってこの世の全てにみたいだけれど……」


 その言葉を聞いた道長もと笑う。


「お前は、紙の上に筆を使ってお前のを作り出しているのか……ははっ! その紙の中にいつかはを作り上げられそうか?」


 ゆかりは、少し考える風に首を傾げてから返事を返す。


「さあね……バカさまが、自分の理想郷をに作り出せずに、そこから誰かに転げ落ちさせられでもしたら、紙が手に入らなくなくなって無理になるかもしれないかもね。こんなに一生懸命に桃源郷よりも美しくも儚く悲しい世界を創造しているのに……わたしの世界のためにせいぜい頑張ってくれ……」

「紙のオマケでしか結婚できなかったくせに大口を叩くやつだ……お前は、ほんとにだな……ちょっと変わっているが……この間の人助けは楽しかったか?」

「紙のオマケ……なぜそれを……お前もそうだろうがは? あと人助けなんて……知らないね……」

「……まあいいさ。今回の礼にお前に免じて知らんふりしてやるよ……」


 道長はそう言うとを持ってふらりと姿を消すと、いつもの内裏でのまつりごとに参加していた。


 ***


〈 襲撃後の小話 〉※ちょっと怖いです。


 襲撃からかなり立ったあとの話である。


 道長が引き取った証拠、あのときの「石の枕で殴られた犯人」は事件の終息後、行方不明とされていたが、犯人は、とある場所に引きずり出されていた。


 そう、道長が荒事をするためにあるとある瀟洒しょうしゃな屋敷に。不気味な青白い月の光が、彼の上に差し込んでいた。


「お前さにまで手を出そうとしたな……ゆかりは、俺の“愚痴引き受け係 兼ひらめき係”なのになんてことするんだよ……伊周これちかといい、お前といい、最悪だな……」

「…………」


 それからすぐに物言わぬ生きていたソレは、今度は息をしないかたまりと成り果て、死んだ馬を捨てるために確保されている「馬捨て場」の底に転がっていた。


 が、そこに出入りするのは、「馬」の解体業者だけであったので、「厄介事には関わるべからず……これは、わしらには関係のない物じゃ……」そんな感じで端に追いやられると、目立たぬ場所へ捨て置かれ、やがて砂となりチリとなり、そのうちに彼を知る者すべてが消えて、時代が移り変わる頃、ようやく風となって空へ旅立っていた。


 閑話休題

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る