🔮パープル式部一代記・第三十七話

 そして、皇后が消えた職御曹司しきのみぞうしのその後と言えば、案の定大騒ぎに……ならなかった。


「御仏の仏罰が……ご出家なさっていたのに御子を授かった皇后さまは、鬼にさらわれたのよ……」


 そんなことを、職御曹司しきのみぞうしにいた者たちは口々にそう言い切っていたし、「帝の御代に傷をつけてはならぬ!」笑いをこらえて神妙にそんなことを言った左大臣、道長によって、「皇后・定子さまは早産した御子と共に身まかられた」そう記録されることが決定していたから。


 帝は、その時代において、けがれとされていた「死者」には絶対に近づけぬゆえに、その奏上に涙を流していたが、真実には辿りつけなかった。


「真実を言ったら……分かっているね……」


 そう絶対権力者の道長に言われて、職御曹司しきのみぞうしの全ての人々が、貝になっていたゆえでもある。


 ***


〈 それからときが過ぎたあと 〉


 定子さまを無事に送り届け? ついでに取材も終えて京に帰ってきた藤式部ふじしきぶは、自分のつぼねで資料を本にまとめたり、物語の続きを書いたりしていると、久しぶりにたずねてきた少し難しい顔の道長と、こんな会話をしていた。


惟規のぶのりの墓参りもしてきた?」

「まあね……」

「あのさ……お前ひょっとして……」

「なに?」

「ま、まあ、いいや……執筆頑張れよ……」

「うん……言われなくても鋭意製作中……」


 それから、土御門殿つちみかどどのに帰った道長はが仮住まいをしていた、一時待機、簡易宿直室、いまはすっかり物置になっている曹司ぞうしの中で昔を思い出していた。


 あのとき俺が、「定子じゃま、定子どうする、定子に、帝が首ったけ、一応姪っこ、定子呪詛……」とか言ってて……それで、ゆかりが……


「まさかね……ま、考えても仕方がないか……それよりとんでもないことしやがって……」


 季節は梅の花が咲く頃、そう、昨夜のでき事である。和泉式部に惚れ込ませて、彼女を深掘りするはずが、逆に、すっかり和泉式部にいれこんだ、「木乃伊ミイラ取りが木乃伊ミイラになってしまった」大宰府から呼びよせたこと、藤原保昌ふじわらのやすまさが和泉式部にそそのかされて、こともあろうか紫宸殿に咲いていた梅の枝を折って、大騒動を巻き起こしていたのである。


「頭いて――!」


 ***


 それから、結局、和泉式部は保昌やすまさと駆け落ちし、結婚祝いとして無許可で、「染衛門あかぞめえもんレポート」を持ち出していた。


藤式部ふじしきぶざまあみろ!」

「えっ、いまの言葉遣い……」

「あら、なんでもございませんのよ……ほほほ……」


 彼女はのちに、ほとぼりが冷めた頃に、また内裏に出戻ってくるのであるが、それはまた違うお話……


 ***


〈 藤式部ふじしきぶつぼね 〉


染衛門あかぞめえもんレポートを和泉式部に盗まれたって? それにしても駆け落ちって、やるなあいつ! もう、京中の話題が切り替わったよね。もう、定子さだこさまのこと覚えているのは帝だけかもね」

「そうかもね……でもさ、レポートはもういいんだよ……」

「へ? なんで?」


 伊勢大輔いせのたいふに、そんなことを言われた藤式部ふじしきぶは平然としていた。もう物語に書いたあと、であったのだ。


 取りあえず藤壺の女房は、ひとり減って少し広くなった自分のつぼねに、伊勢大輔いせのたいふは満足していたし、他の女房たちも和泉式部の話題で持ちきりであった。


 なお、『藤式部ふじしきぶ旅日記・寺詣り・東北編』は、彼女にしては珍しくあまりヒットしなかったのでもちろん現存はしていない。


「やっぱ、真面目すぎるのはね……」


 そう言っていたとか、言わなかったとか……そして、お話はまだまだ続くのであった。


 ***


 伊勢大輔いせのたいふが相も変わらず、まだ寝こけていた藤式部ふじしきぶつぼねに、朝も早くから駆け込んでくると、藤式部ふじしきぶをガクガク揺さぶりながら、びっくり仰天ニュースを叫ぶ。


「今度さ、定子さだこさまの御子、脩子内親王ながこないしんのうと、敦康親王あつやすしんのうが、藤壺にくるんだってさ――!」


 


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