🔮パープル式部一代記・第二十七話
〈 時系列は、帝が
御几帳台で、昨日からずっと寝ていた女院さまは、ひとり息子である帝に会えるのを楽しみにしすぎて、ずっとソワソワしていたのだが、実は彼女の知らぬ間に、帝はこっそりと中宮・
『徒歩で……』
「あの、お
「いや、朕は女院さまの本当のいまを知りたいのだ。
「はあ……」
「すぐそこだし、すぐに帰って出直すから!」
父、道長が聞けば……と言うよりも、誰が聞いても信じないであろうが、帝は、
それからやはりこちらも塀にある隠し扉をくぐり、女院さま、母がいるであろう寝殿の母屋を、ふたりで庭の影からこっそり覗いていた。
「この時間なら御几帳台の中にいるはず……あれ?」
「どうかなさいました?」
「なんだか知らない小さい
「あの子、見たことございませんわね……?」
御几帳台の中にいるはずの母、女院さまは人払いでもしているのか、軽く上になにかを羽織り、見たことのない幼い
『どういうことだろう?』
不審に思った帝は、あせる
実は、女院さまは
「……ほう、そなた
「そうなのでございます。母は、わたくしが赤子のときに出仕いたしましたので……」
「寂しかったであろう……わたしなど息子が赤子であった頃は、静かに寝ているだけで息でも止まってしまったのではないかと心配になり、ずっと横で見守っておった程だ。
「そうにございますか……」
「赤子はか弱き者ゆえな……しかしそなた母を憎むでないぞ。そなたの家は、
「……わたくしのために?」
「母とはそういう者じゃ。たとえ、おのれが地獄に落ちようとも、すべてに憎まれようとも、なにより我が子が大切なものである……まあ、まだ、そなたには難しいか……とにかく母を憎んでやるな……」
「はい!
「ほう……歌を……」
「これにございます!」
幼い
帝は、遠くの空を見上げている母をじっと見つめていた。
「なんと母の愛が伝わる歌であろうか……わたしも、わたしにもこれほどの才があれば……」
「女院さま?」
「いや、言うてもせんなき、遅い、遅すぎる話である……そなたは幸せ者だ。それだけは覚えておけ……大切な物を見せてもらって嬉しかったぞ。なにかあとで褒美をやろう。さすがは
「…………」
帝は、ぐっと歯を食いしばっていた。才の問題ではない。母にそんな余裕はなかった。
なにせ、母は幼い自分を抱え、実の父や夫である帝に内裏、すべてを敵に回すような苛烈な権力闘争を、女の身でありながらおのれを捨て、日々、息子のために戦っていたのだから……。
そして思う。母は、あのように小さな人であっただろうか? どこか声も弱々しい……母が少し弱っているように見えた彼は、やはりひとり暮らしを止めさせねばならぬと、心に思っていた。
「遠くて歌が見えんな……出直すか……」
「お
「
「そうにございますね……本日すぐにでも父と母に話をしておきます……」
そうして内裏に戻った帝は、なに食わぬ顔で内裏の清涼殿へと戻り、輿にて東三条邸へ行幸していた。
『御仏にすがってもどうにもならぬ状況……それは母である女院が、過去の自分自身に語りかけているようであった……』
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