🔮パープル式部一代記・第二十〇話
その日、帝はいつものごとく読書にやってきていたのだが、いつになくしんみりした気持ちになって人払いをしてから
「
「じゃあ決まり! 大内裏を出てすぐだから!」
そう言って帝は帰って行った。
「う――む、高貴な方の思い出話……涙を誘うには鉄板ネタ……これは使える……」
「あら、まだいたの?」
「お邪魔しておりました……」
「いいのよ、
「それはそれは楽しみでございますね……では、これで……」
屏風の陰で帝の話をこっそり聞いていた
それから彼女は、さかさかと創作用のネタ箱に、いろいろと書き留めてから収納して楽な姿になろうと思い、
「あれ?
そう口にした彼女は深く深呼吸すると、かっと目を見開いて、いま着ている
横では、様子を見にやってきた左大臣の道長が、「自動墨擦り機」とでも言うように必死で墨を擦っては、空になった
「お前の姉のためだ。頑張れ道長……」
「お前、俺が左大臣なの覚えているか? 左大臣の意味分かってる?」
「……ソレとコレになにか関係あるか?」
「……もういいよ……女院さまのためだしな……」
作業は夜を徹して行われ、道長は墨を擦りながら、内裏での暗黒闘争の愚痴を
早朝、大内裏の開門と同時に眠たそうな左大臣が帰って行くのを、みな不思議そうに見ていた。
「あら? 殿は昨日は
「いやそれが女院さまのことでちょっとね……」
「どうかなさいましたの?」
「う――ん、あとでね。あとで説明するから、ちょっと、ちょっと先に寝かせて……」
翌朝の
女のところに通っていた訳ではない。鬼に捕まっていたのである。
***
〈
「いい話を聞いたわね――それからそれから? 女院さまは、お
「けっして、ごじまんなさらぬ、そんなかたですので、ここだけのおはなしですが……」
「女院さま最高にいい女ぶり! さすが女院さま……」
「眠いわね……つい、聞き込んじゃった……」
「でも、おもしろ……いや、感動したよね……」
そんなことを言いながら女房たちは働いていたのである。
***
「けいさんどおり……」
その翌日の夜、
案の定、彼女の元には
『丸暗記』
それはまだこの国に文字がない時代、伝えられた内容を記録する方法のひとつであり、
それからしばらくしてなにごともなく
それから数日後のことである。女院さまは分厚い紙の束をようやく道長に託してから例のお約束のブツ、「さかさものがたりpart2」を交換で受け取ると
「計算通り……それにしても、ご降嫁した内親王が、ご出家なさったというのに……あらまあそんな……今度のお相手は……でも出家しているのに? あ……でもそういや、うちの息子の妃にもそんなのがいるか……あるある話になってゆくのかしら? え? わたしにもチャンスが? いやいやないない。うちの道長よりもイケメンなんていやしないのよ! でも、おもしろいわ~~」
そんなことを言いながら物語をニタニタと読みふけっていた女院さまは、遠くの騒ぎにひょいと顔を上げていた。
「わたくしにも続編を読む機会を是非! この
それは、夫の道長から物語の続きの存在を聞きつけた義妹の
「
女院さまは、そう言いながら再び物語を読みふける。
「さかさものがたりpart2」では、奔放に奔放を重ねていたがついに出家した女主人公が男に身をやつしてひっそりと暮らしていたが、恋愛性別フリーダム平安時代であったため、まだ押し寄せる求愛に辟易しながら暮らしていたが、ある日、偶然出会ったとある高貴な政争に疲れ切った公卿に女だと知られて、またもや愛を告白されていた。それだけは流されずに拒絶するも、彼のために毎日かかさず御仏に祈りを捧げていると、すべてを捨てた公卿に気がつけばどこかへと連れ去られていた。最後に彼の背中の上でこうささやきながら……。
「わたくしをどこへでも連れ去って……か……幸せになってね! 切ない! ホントに切ない! この感動エロ小説を読めて人生に悔いなし! 希代の作家ね! あの根暗ときたら、ほんとに人の心を打つのがうまいんだから!」
女院さまは自分に置き換えて感動のあまり思わず物語の書いてある紙束を、ひしと、抱きしめていた。源氏物語もよいけれど、なにせ回ってくるのが遅いのである。
***
〈 定子さまがいる
「え……? 帝がお出かけ……中宮・
「た、ただのウワサかと……」
定子さまは、すっと畳から立ち上がると、帝から賜った櫛を無言で握りしめてそのままへし折っていた。
「こ、皇后さまっ!」
「櫛なんて持ち腐れ……どうせ短い髪ですもの――」
なにか感じたのか赤子である親王が、火をつけられたように泣き出していた。
***
「すべてはあの物語のせいよ……」
どや少納言こと清少納言は、定子さまを精一杯お慰めしてから、あの地獄の根暗女をなんとかできないかと思いながら爪をといでいた。まさに雌伏、そんな状態であった。
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