🔮パープル式部一代記・第十七話

 さて、やたらと皇后・定子さだこさまのところにいる、こと「清少納言」と、藤壺にいる中宮・彰子あきこちゃんの心の「師」? 誰もが引きずり込まれること「藤式部ふじしきぶ」の奇行に後宮では注目がゆきがちであったが、なぜかある日をさかいに、緑子みどりこと同じく女童めわらの頃から内裏に出仕していて一旦、結婚退職? していた、優れた歌人との呼び名も高い、「和泉式部いずみしきぶ」(年齢不詳)が唐突ではあったが、藤壺に出仕していた。


***


『白波の よるにはなびくなびの なびかじと思ふ われならなくに……』


(意訳:白波になびく藻のように、わたしの気持ちは揺れています。誰にもなびくことはない、そんな律儀な女ではないのです……)


***


 その歌が示すように彼女には数人の子がいたが、「え? 誰の子かって言われても……う――ん……分かんない。産むには産んだから、わたしの子には間違いないです」そんな、のような恋多く、ウワサに登ることも多い女である。


「ウワサを聞いてピンときたの……物語のいいが入るかもって……」

「中宮さまもお人が悪い……」

「ふ……ふふふ……」


 そんな風に彰子あきこちゃんは、「声掛け厳禁ただいま絶賛執筆中」そんな札を魔除けのように几帳にぶら下げて、つぼねに立てこもっていた藤式部ふじしきぶを、わざわざ呼び出すと、前でかしこまっている和泉式部いずみしきぶを紹介していた。


 幼い頃から内裏で鍛えられ? 酸いも甘いも分かってます……そんな様子の彼女は実に素晴らしい働きぶりで、藤壺の女房たちからも驚きと共に、すぐに一目も二目もおかれていたが、驚きはそれだけで終わらなかった。


「え……? 恋文が一日で……そんなに!?」


 そう、藤壺、否、一条天皇の後宮はじまって以来! そんな衝撃が走るほどに彼女のつぼねには、毎日どんと積まれた恋文が届けられていたのである。


「おじゃまします……おや、だれもいない……そう、それならこのお宝の山(恋文の山)から少し失敬しても分からな……うわっ!」


 積まれた歌の山に、こっそりと手を伸ばそうとしていた藤式部ふじしきぶは、驚いた声を上げて飛び退っていた。彼女に向かって釵子さいしと呼ばれる金属製の鋭いかんざしが飛んできたのである。


「いくら女御さまのお気に入りとはいえ、ぶしつけでは……ありませんこと……?」

「…………」


 手強い女……


 藤式部ふじしきぶはそう思いながら、じっとりとした目で和泉式部いずみしきぶを見上げつつ、今後を考え、「つぼねを間違ってしまい……」などと見え透いた言い訳をしながら退散していたが、「なぜ、釵子さいしなんか持ち歩いているのだろうか? しかも大きくないか? あれはもはや暗器……」そんなことを自分のつぼねで考えていたが、むろんそれはことを聞き及んでいた和泉式部いずみしきぶの対策でもあった。


「あの女、どうやって攻略したものか……なあ、道長、ちょっと行ってちょっかいかけてネタを拾ってきてくれない? たぶんその方が手っ取り早い……あの様子じゃきっと凄いお宝ネタを持っているよ、あの女……」

「ゆかり……いや、藤式部ふじしきぶよ、そこまでの協力はちょっと……あまりタイプじゃないし……逆に凄いスキャンダルで脅されそうな予感しかない……」


 そんなことを地位と名誉と権力が恋よりも大切な左大臣である道長は、物語の続きを受け取りながら言っていたが、ふと、いいアイデアを藤式部ふじしきぶに授けていた。


「そういやさ、子どもの頃ってなんにも分かってないと思って、結構なんでも盗み聞きできたよな……」

「あ、それ、あるある話……」


 ふたりの視線の先には、おびえた緑子みどりこが固まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る