🔮パープル式部一代記・第十一話

〈 数日後 再び藤壺 〉


 その日、女御の彰子あきこちゃんは、藤式部ふじしきぶ@ゆかりの言葉に驚愕していた。


 地獄の底から現れたように、根が暗いにも関わらず、周囲を引きずり込むように、堂々と生きている彼女は、生まれて以来、「根暗根暗」と言われ続け、兄弟の中でも、「いじられ当番」であった自分の心の支え、もはや彼女にとって、ゆかりは、人生の「師」でもあったのだ。


「え!? 宿下がりをしたい!? だ、だれかにいじめられたのっ!?……ちがう? 百〇八号の……男版の情報を集めに? 物語のネタが切れそう?」

「そうなんですよ……それに、もし、なにも手に入らなくても、うちの物置に、亡き夫、宣孝のぶたかのエロふみの裏に書きつけたネタが、たぶんまだ、少しくらいあるはずで……」

「そんな、お宝が……」

 

 十二歳にしてこの有様、彰子あきこちゃんが、平安時代生まれで良かった……? それは、現代人には分からない、判断のしようのない話である。


 その日の藤式部ふじしきぶ@ゆかりは、いつもいつも、墨を飛ばして汚してしまうので、人前に出れる、こぎれいな十二単がなくなってしまい、少し考えてから、今日はもうしかたないかと、とりあえず、自分のつぼねの周りに住んでいる「別の女房」たちへ陰気な声をかけていた。「申し訳ありませんが、一番上の唐衣からぎぬだけ貸してくれませんか……あ、それでいいです……」「えっ、ひえっ!」「袴を一枚……今履いているそれでいいです……」「いっ! そ、それはちょっと! 新しいのがあるので、それで勘弁して!」「それはご親切に……」などと、色のかさねも、へったくれもあったもんじゃない、そんな、藤壺の中で、追いはぎもどきの行為をして手に入れた、当然ながら、変な色合いの唐衣からぎぬ十二単じゅうにひとえを、ハラハラした表情の女童めわらに手伝ってもらって、身にまとい、一応は人目もあるので、神妙な顔で藤壺の女御、彰子あきこへ、宿下がりを申し込んでいた。


 尋常ではない色合いの十二単を着て、かしこまっている藤式部ふじしきぶを前に、彰子あきこちゃんは、檜扇越しに、しばらく考え込んでいたが、「土御門殿つちみかどどのへも寄ってみては?」そんな言葉を、藤式部ふじしきぶへかけてみる。


「え? 土御門殿つちみかどどの……?」

「ほら、うちの父君とその知り合いの公卿たち、百〇八号以上に、らしいから……きっと、いいネタが……。嫌でも手に入るように、母君にふみを書いておきましょう……ふ……ふふふ……」

「はあ……」


 あと、彰子あきこのいまひとつの心配は、帝であった。父が訪れたあの日、夜遅くに、いきなり呼び出されたかと思えば、例の「お宝物語」を差し出せと言われたのである。


「そなたは、定子とは違い、普通の姫であるから、漢籍も知らず、価値も中身も分からぬであろうが、これは素晴らしき……こほん、まあ、そんな訳で、定子と読むので、すべて、朕によこすように。いますぐ女房に持ってこさせよ」

「……父に聞いてからにします」

「…………」

「……聞いてからにします」


 そんなやり取りの末に、とりあえず、父の権力を振りかざして、死守していたのである。しかしながら、くやしいけれど、帝の言う通り、自由自在に読めるのかと言われれば、いまだ、藤式部ふじしきぶの付き添いがなければ、覚束おぼつかぬのも確か……


「読みたければ藤壺に来い」


 そんなことを、丁寧に書いて、帝には、父の道長が返事を出していたが、時間の問題な気もする。先に自分が読みたいのだ。それに、自分はまだ十二歳。読んでいることは秘匿事項である。


「どうかなさいましたか……すぐに戻りますよ?」

「う――ん、でも、藤式部ふじしきぶがいなければ、物語の続きどころか、振り返って、読めもしないし……」


 そのときである。女房の中でも、母、倫子みちこの親戚筋にあたり、ひそかに道長と関係があったので、「自分が次の百〇八号になってしまったらどうしよう?」そんな大きな悩みを抱えていた、本物の上臈である女房のひとりが、口をはさんだのは。


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