🔮パープル式部一代記・第十話

「た、助けて……だ、誰か……誰かある……」

「どうかなさい……」

「誰ぞ、誰ぞ、その紙を見ずに集めて――! きゃ――!」

「見てはいけないと言われると……見ちゃいますよね……あらまあ……」


 ゆかりの去ったあとのつぼねには、R18どころか、赤裸々すぎるにも程がある、そんな腰を抜かした女房の、「濃縮人生、R20以上の恋愛遍歴取り調べ書」そのようなことが、書きつけられた紙が、乾かそうと思ったのか、床一面に広がっており、「どうかしたのかしら?」そんな風に、通りかかった女房たちが、のぞきこんだ拍子に、つぼねを囲んでいた几帳が、不幸にも、いきなり強風にあおられて、紙が御簾内で舞い広がってしまい、「愛人百〇八号」のプライベートは、瞬く間に藤壺に広がって行ったのである。ゆかりに悪気はなかった。墨の渇きが遅かっただけである。


「え? 百〇八号が辞めた? なんででしょうね? あと、今回は特急料金を、紙で、もらっていいですか? 使いすぎちゃって……」

「……かまわん。好きなだけ使え」


 数日後、自分も、それがもとで、正妻の倫子みちこから、がっつり説教をされた道長は、新作の「物語の続き」を受け取りながら、「そういや、こういうヤツだった……」そんな風に思いながら、こちらも見ずに、熱心に紙に書いたなにかを推敲している、藤式部ふじしきぶ@ゆかりを、平たい目で見ていたが、「ま、この物語は漢文だから、そうそう女子供には読めなくて、ご安心……」なんて思い、めきめき実力を発揮しているという娘の様子を聞いてから、まあ、まだ十二歳だし、帝との間の子どもは、おいおいとして、とにかく興味は持ってもらわんとな……そんなことを考えつつ、物語の書いてある紙を持って、藤壺から下がって行った。


 そんな、いまのところ、お渡りもお呼びもない、女御の彰子あきこちゃんは、後日、一条天皇を驚かす程の学識を習得していたが、彼女の教材は、父の愛読書? であった。少しでも漢籍に興味を持つようにと、ゆかりが道長の原本を写したのである。


「えっ、うっそ――! そんなことで、女房と“  ”な関係に!?」

「そうなんですよ。なにせ口が上手くて、見てくれが極限にいい男なもんで……あ、この物語をお見せしているのは内緒ですよ。R18、十八歳以下は読んじゃダメなんですから……他の真面目なのも、ちゃんと勉強してくださいね……」

彰子あきこの口は堅くてよ……教材がおもしろいから、毎日の授業がおもしろくて。大丈夫、勉強しないと、続きが読めなくなっちゃうもの……ふ…ふふふ……」

「なによりです……」


 ふたりは、似たような、とした笑みを浮かべていた。


***


〈 清涼殿 〉


 あ……大切な用事を済ませないと……


 道長は、藤壷の帰りに、帝のところによると、なんだかんだと、打ち合わせと言う名の決定事項に、了承を取りつけると、帰って行ったので、一条天皇は、やれやれと、定子のところへ行こうと思ったが、ふと目をやると、先程まで道長のいた場所に、なにかが落ちている。


「届けて参ります」

「いや、少し待て……」


 すぐにそれを持って、あとを追いかけようとした蔵人少将を引き留めると、なにやら漢文で書きつけられた「物語」っぽい物を持って来させる。


「おかみ?」

「……なにこれ、おもしろい! でも、でも、前と後ろがない! これでは、肝心なところが、なんにも分からないではないか!?」

「先程、藤壺女御さまのところで受け取ったのでは……おかみ?」

「……我慢できない!」

「はい?」


 帝は、類い希なる才を持ち、その上、でもあったのである。


***


〈 藤壺 〉


「え? 彰子あきこさまに、おかみのお呼びが?」

「どうしたのかしら!? ついに姫……いえ、女御さまの時代が!?」


***


!」

「殿、いかがなさいました?」


 土御門殿つちみかどどのでは、帝が彰子あきこを、お召しになったり、藤壷に通い出したと聞いた道長が、と笑っていた。


 道長は、ゆかりに、今回の続きを二部作らせて、、清涼殿に落としてきたのである。


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