🔮パープル式部一代記・第八話

 娘ほど、根暗な人間はいないと思っていた倫子みちこは、その時ようやく、、地獄の底から沸き上がったような、に出会ったのであった。それでも、なんとか声を絞り出す。


「あ……彰子あきこの女房……それは、ちょっと……」


 もし、このおなごに、彰子あきこが、更なる根暗の道へ、引きずり込まれでもしたら、どうするんだと、倫子みちこは思い、お断りだと思ったが、すでに道長が、「早く彰子あきこを呼べ」そう女房に指示を出していたので、手遅れだった。


「と、とっ、殿っ!!」

「心配はいらん……」

「…………」


 似合いもしない、仕立ての大きさもあっていない、古びた十二単(ゆかり@惟規のぶのりが、越前で着ていた品で、貧しいながらも形見にと、取り置いてあった、お古の一張羅)を着た、ゆかりとかいう不気味なおなごには、倫子みちこは、本来であれば、殿が、一本釣り……いや、自分で選んで連れて来たというのであらば、嫉妬しても、なんらおかしくはなかったのではあるが、その深淵を映すような闇色のまなこに怯え、真正のお姫さま育ちの倫子みちこは、ただただ固まるだけであった。


 やがて彰子あきこが姿を現す。美しいが、陰気さが隠しきれない娘であったが、ゆかりとやらと比べると、まるで、ぱっと輝く花のように美しい娘に見えた。


「あら? わたくし疲れているのかしら?」


 倫子みちこは、かさねの色どりも美しい袖口で、思わず目をこすり、もう一度、娘に目をやると、やはり娘は明るく輝き、誠に美しかった。


「な? 帝に会わせる時は、常に彰子あきこの横に、(ゆかり)を置いて置け……彰子あきこの見栄えがする」

「さすが殿ですわ……って、あなた! なにをしているのっ!?」


 ゆかりは、倫子みちこが用意した、当代きっての絵師に、美しい景色を描かせた屏風を見つけ、かっと目を見開いたかと思うと、「筆! 筆と墨を! 隙間がもったいない!」そんな考えで頭の中が一杯になり、部屋の中にあった、ちょうど墨がたっぷり入った硯と、なかなかの品である筆を見つけ、周囲が固まっている隙に、さかさかさかさか、屏風の絵のない部分に、美しい筆の跡で、いつものごとく、漢詩を書き殴っていたのである。


「ふ……ふふふ……おもしろ……」

彰子あきこが笑っているなんて……で、でも、せっかくの屏風が……」

「上からなにか貼って、ごまかすか……」


***


〈 内裏 〉


「え? 彰子あきこさまの入内の丁度品、屏風に歌を貼る?」

「これは、恥をかけんな……」


 そんなこんなで、ゆかりのは、当日までに、当代きってと呼ばれる貴族たちの詠んだ歌を書いた紙で、上から覆われてしまい、きれいに隠されていた。


「ちっ……」

「残念だったわね……でも、おもしろ……ふ……ふふふ……」


 そして、彰子あきこの入内に伴い、ゆかりは藤式部ふじしきぶへと名前を変えて、ランクアップして、一緒に内裏へ潜入……もとい、出仕する。十二単もあつらえてもらった。


 出世魚ならぬ、ゆかり……いや、パープル式部一代記の幕開けであった。


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