🔮パープル式部一代記・第七話

 出会いのあとすぐに帰るのかと思った道長は、大勢の従者を道にぎっしり待たせたまま、ゆかりに自分の計画、もとい計略を持ちかけていた。


 ゆかりも近所の目を気にするような性格ではないため、ちっちゃで質素な家の前は急遽ギッチギチになり、強制的に通行止めになっていた。


「あのさあ……うち、娘が入内するんだけどな、娘の女房になって内裏で働かないか?」

「え?」

「内気な娘が心配でさ、一日に少しだけ相手をしてくれれば、あとは書きたいだけ物語を書いてくれていいから。専属作家として専用のつぼね(部屋)も用意する!」

「…………」


 道長は、帝にはすでに溺愛されている藤原定子ふじわらのさだこ、貞元壱年(976年)生まれの二十二歳や他の女御もいたが、なんとか圧をかけまくって、娘の入内を帝にほぼ無理矢理、帝に、「うん」と言わせていたものの、やはりそこは自分の命運をかけた大博打、そのである陰気な娘にはかなり心配を抱えていたのであった。弱々しい手駒であった。(道長は、娘の身を案じるなんて親心を持っていた訳ではなく、自分の手駒である娘の力弱さを心配していたのである)


『あいつより暗い……いや、暗いなんて言葉では言い表せない底光りする闇を抱えた惟規のぶのり@ゆかりがいれば、相乗効果でちょっとは娘も明るく見えるかもしれんしな……なにより物語の続きが読みたい!』


 そんなことを考えたとか考えなかったとか……。


「専属作家……書きたいだけ物語を書いていい……」

「衣食住の保証付き、物語を書くたびに臨時のでき高払い。ついでにお前の実家にも仕送りもしておく」

「少し怪しい気もするが……その話乗った……」


***


 夕刻、壊れた家に帰ってきた父は腰を抜かしていたが、ゆかりに、「家の修理の算段はついている……明日から勤めにでるので仕送りはするからは頼んだ。物心がつけば、この箱を母の想いだと言って渡してやってほしい……」そんなことを言われ、塀もなく屋根も穴の開いてしまった家で、娘は、とうとうおかしくなってしまったのではないか?


 そうも思ってまんじりともせず、夜を過ごしていたが、翌朝、少ない荷物を風呂敷にまとめて、ゆかりは迎えにきたらしき上等な牛車に乗り込んでどこかへと姿を消し、入れ替わりに心配していた仕送りも届き、大工がやってきて家も修繕されだしたので、「よ、よかった」そんなことを口にしながら、「名無しちゃん」の名前を考えていた。


 そして、ゆかりが残した箱の中身と言えば、「こんなもんでいいか……自分の才能が怖い……」 その言葉が示すとおり、自分が「名無しちゃん」をどれだけ愛していたか、思いやって世話をしていたか、そんな内容の素晴らしい歌を詠んで大切っぽい箱に入れた歌の束であった。


 文才と性格はさておいても義理とはいえ母としては、である。


 「名無しちゃん」ならぬ、幼名「汝梛子ななし(仮名)」こと、母よりも出世する『大弐三位』は生涯このことを知らず、「母の愛は広がる海よりもなお深く……」そんなことを言って、どんな高貴な方のふみよりも大切にしていたそうな……


***


〈 道長のやかた・大豪邸の土御門殿つちみかどどの 〉


「え? 殿がこのやかたにおなごを連れ帰った!?」

「え……あの、そのおなごというかなんというか……」

「???」

「不気味なんです! おなごとか身分とかそんな話ではなく、とにかく普通ではないのですよ! ひょっとしたら呪詛がなにかの関係者やも……」

「まあ……」


 打っても響かない、笑顔なんて見せたこともない、そんな根暗な娘の彰子あきこの入内準備に追われていた、娘には悩ませ続けられている道長の正妻、倫子みちこは、少しでも印象良くと、彰子あきこのために数々の調度品を選んで他の女御よりも格段に素晴らしい装束なども仕立てていたが、側仕えの女房がもたらした情報に、「もしかして、とうとう定子さだこ呪詛じゅそするのかしら? まあ妥当な考えかもしれない……」そんなことを考えながら道長を出迎えていた。


「お帰りなさいま……ひっ!」

「はじめまして……藤原為時ふじわらのためとき(無職)の娘で、道長さまに彰子あきこさまの女房としてされた比類なき才を持つ、ゆかりと申します……」

「~~~~殿? なんですの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る