🔮パープル式部一代記・第伍話

 その頃、内裏で、胃に穴が開きそうな、そんな政争にも、明け暮れていた道長は、相変わらず、惟規のぶのりの妹が送ってくれる物語だけを楽しみに、ライバルを蹴落としたり、呪詛の濡れ衣を着せて出家させたり、帝に圧をかけたり、親族を容赦なく大宰府送りにしたりと、中央政界で、悪くどく粘り腰で頑張っていた。


 彼は、ゆかりのような文学の才能は、持ち合わせていなかったが、変わりにと言ってはなんだが、世渡りは、悪どいを通り越す、天性の黒い才能を、持ち合わせ、内裏を覆い尽くすように、のさばっていたのである。


 公卿たちの間では、「あれでは、亡くなった兄たちの方が、まだマシだった……」「疫病ってさ……あいつが、疫神えきしんそのものだったんじゃ……おっと!」そんな、鬼も裸足で逃げ出すようなまつりごとを行い、大宰府には自分の配下を送り込んで、私腹を肥やして、仲間内や正妻、そして大勢の妻や、大勢の愛人たち、その他愛人未満からは、「よっ! 史上最高の大臣! 次の除目なんとか! この通り!」「あなたが一番! 一生愛しているわ! だから、この絹織物、もう少し注文していい?」そんな風に、もてはやされてもいた。


 しかしながら、あの不気味な惟規のぶのりのように、自分をひとりの人間として、ぞんざいに扱ったり、正直過ぎる感想を述べてくれる、真実の友と呼べる存在は、誰もいなかった。


 そして正妻にして、血筋も良い上に、京でも一番の美人と言われる源倫子みなもとのみちこの亡き父が、用立ててくれた土御門殿つちみかどどのと呼ばれる大豪邸、もとい大寝殿で、数人の子どもに囲まれて、何不自由のない、贅沢な暮らしをしていたが、なぜか気になるのは、惟規のぶのりの妹が送ってくれる物語の続きであった。


 釣り殿からぼんやりと池をながめていると、 惟規のぶのりの妹の家へと、様子を見に行かせた、乳兄弟が姿を見せる。


「今日も物語の続きは、こなかったが、どうなっていた……?」

「はあ……あの……」

「なんだ? 言いたいことがあれば、言ってみろ?」

「あの……惟規のぶのりどのの妹君は、赤子を抱え、夫に先立たれ、父親も無職で……その……殿がおっしゃっていた、昔、惟規のぶのりどのが、なさっていたという、“追いはぎもどきの代筆屋”もとい“鬼の代筆屋”の仕事が忙しいようで……」

「え……?」


『女の身で、あのようなことが、出来るのであろうか……?』


 道長は、惟規のぶのりと、はじめて出会ったときの、腰を抜かした、とんでもない出会いと、あの頃の出来事を思い出していたが、報告はまだまだ続く。


「それが、どうやら、お父君にばれてしまったようで……物置小屋へ閉じ込められてしまっております。夜はこっそりと抜け出して、代筆屋の仕事を集めていらっしゃるようですが……」

「物置小屋へ閉じ込められている!? 幼い乳飲み子を抱え、切羽詰まってのことだろうが!! だから学者バカは大嫌いなんだ!! 霞で飯が食えるか! きれいごとで生活が回るか!! まったく!!」


 あの、惟規のぶのりの妹だ。かなり尋常な性格ではないと思われるが、それでも、女の身……哀れにも程がある……


 道長は、物置小屋へ閉じ込められた惟規のぶのりの妹は、せめて助けてやらねばならないと思いながら、ぶらぶらと、寝殿へと帰って行った。


「殿? いかがなさいましたか?」


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