🔮パープル式部一代記・第四話
ゆかりが、追い剥ぎもどきの代筆屋をして、夜明け前に家に帰ると、相変わらず「
「なぜ手に入れた墨と紙を売って、このうるさくて小さい生き物を、わたしが育てねばならぬのか……早く書かぬと、物語を忘れてしまうというのに……やはり、物置にでも放り込んで……」
彼女は、赤子を見下ろしながら、そんな言葉を、ぼそりとつぶやき、乳母は、首でも絞められては大変と、赤子をひっしと抱きしめて、物陰まで避難してから、なんとか勇気を振り絞って、声を上げていた。
「お、お方さま! そのような地獄へ落ちる言葉はおやめくださいっ! わたくしめのお給料は、も、もう少し下げていただいてもようございますから!! ねっ!? ねっ!?」
「…………」
「あ、わ、わたくしも! ちょっぴりなら、減らして下さっても、ようございますよ?」
「おい、ゆかり! 父も臨時収入があったから! ほらっ! お前の好きな萎びた青菜!今回は、その紙と墨は売らずに、自分のために使いなさい! 頼むから検非違使が踏み込んで来るような、そんな問題は起こしてくれるなっ! ほら、この赤子のものであった、金の粒も、そなたの食べる物に、使ってしまったではないか!?」
「父君も食べていたじゃないですか……それに、萎びた青菜は、好きで食べているのではありません……でもまあ、じゃあ、そういうことで、ソレの面倒は、父君が見てください……」
『ガラガラがっしゃん! ガガガガガ……!!』
『ガラガラがっしゃん! ガガガガガ……!!』
『ガラガラがっしゃん! ガガガガガ……!!』
「えっ!?」
赤子を物置に閉じ込めるのを止めたゆかりは、鬼気迫る勢いで、物置小屋の中にあった品を、すべて外に放り出して、ボロけた
そして彼女は、夜になると、そこから出て、「代筆屋」の仕事を探して来ては、やはりまた物置小屋へと戻っていた。
しかしながら、「代筆屋」の仕事は案外忙しく、物語はまったく思うようには進まなかった。「わ、忘れてしまう……あの「バカさま」に、わたしの才能を見せつけやる、そんな、わたしの唯一の生き甲斐が……」ゆかりは、なんとか忘れないようにと、亡き夫がよこしたR18の
ゆかりは、かなり「おかしな子」であったので、大人になっても、「バカさま」とのつながりを、「友情」だと理解は出来ていなかったが、彼以外に才能を見せつける相手も、いなかったのである。
「お食事は、なくなっていますから、大丈夫かと……」
そんなことを言ったのは、毎日、物置小屋の前へ、質素な膳を運んでいる、昔からいる、ゆかりの奇行には、いささか耐性のある下働きの女であった。
父は、他の子どもたちにも、
「いつまでも“名無し”と言う訳には、赤子の名前は、なんにしようかな……のぶこ? ゆかこ?
ゆかりに経済的に頼りっきりになっていた、越前での稼ぎをすべて本に変えてしまっていた「学者バカ」の父は、名無しの赤子に、ようやく名を付けようとしていたが、凝り性であったため、名づけは難航する。
赤子はのちに『大弐三位』と呼ばれ、大出世を遂げるはずであるが、いまのところは、「名無しちゃん」と呼ばれ、なんとか、ゆかりの「魔の手?」から逃れ、乳母や周囲の哀れみと愛情で、生きながらえていた。
***
〈 その日の深夜 〉
「わたしの正体は、分かっているな? さあ、早く紙と墨を出せ……ちっ! 検非違使か! 石つぶてをくらえ! え? 提出書類の清書をして欲しい? 量は多いし、お前、かなりの悪筆だな……値ははるぞ……」
「鬼の代筆屋」は、ますます繁盛していた。
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