🔮パープル式部一代記・第参話

※昔話なので、現在では不適切な表現があります。ご了承下さい。


***


〈 越前 〉


「さ、寒い! 寒すぎる――!」

「兄君……いや、ゆかり、うるさい……邪魔ばかりするなら、すずりで殴るからね……」

「…………」(あんな豪華で大きな硯をどこで……)


 極寒の越前で、惟規のぶのり@ゆかりは、父の補佐をしながら、裕福な地方長官の子息として、暮らしていたが、なにせ越前は寒かった。


 火鉢に火桶、ありとあらゆる暖房器具を使ってもなお、京から来た親子は寒さに震え、兄の、ゆかり@惟規のぶのりなどは、京よりも一層部屋へ籠るようになり、十二単に、更に綿を入れた物を重ね、彼は、火鉢から離れずに過ごしていたが、やがて病魔が忍び寄り、ある日のこと、父が久しぶりに顔を見に行くと、あっさりと、こと切れていたのである。


『絶好のチャンスタイム!!』


 そんなことを思ったかどうかは分からないが、この機会を逃す手はないと、父は、少し呆然としている、ゆかりを呼び寄せて、「今すぐ入れ替われ! 後生だから入れ替われ!」そう言っていた。


「兄君……」


 ゆかりは、真っ白になった、兄の顔に手を触れながら、珍しく、過去を振り返っていた。

思えば兄の人生は、良くも悪くも流されっぱなしだった。

 出世したら、最後くらいは、暖かい地で、おいしいものを、食べさせてやりたかった。


「………」


 兄が言い出した、昔の「わらしべ」の話を思い出して、なんだか、色々と、どうでも良くなった、ゆかりは、珍しく言われるままに、もとの姿に戻ると、再び御簾内にこもり、コツコツと何かを書いては、どこかへ送っていたのも止めた。


 弔いは、早々に済まされて、兄は煙になり、元に戻ったのはよいが、すっかり行き遅れ……それから数年後、ゆかりの今後を考えた父は、丁度、親戚の藤原宣孝ふじわらののぶたかが、息子の墓参りがてら、遊びに来ると聞いて、閃いていた。


「え? 香典返しに、ゆかりを持ってゆけ? いやいや、それは、ちょっと……」

「ここ(越前)の寒さに耐えかねて、娘まで失ったらと思えば……」

「ええ……」

「妻と子は、いくらいても良いのが、そなたの身上であろう? 紙と墨を渡しておけば、邪魔にはならないから! いまなら、越前和紙の束を、沢山つけるから!」

「お前、それ、袖の下……」

「しっ! 自分だって、色々おいしい思いをしてるだろうがっ?」

「まあね……紙はいくらあっても困らないし……ま、いいか!」


 そんな訳で、ゆかりは、重たい十二単を着て、急遽、遅すぎた結婚し、紙のオマケで、藤原宣孝ふじわらののぶたかと、結婚することになっていたのである。


「はじめまして……紙のオマケです……」

「あ、うん……いやいや! 紙がオマケだからね!?」


 陰と陽、まるでかけ離れた性格のふたりであったが、意外にも、京に帰るまで、ふたりは色々と話をしていた。(ただ、宣孝のぶたかが話まくるのを、宴会で上司の昔話を聞く部下のように、ゆかりが「まあ、いいネタ探しかもしれない……」と、聞いていただけかもしれないが)


 しかしながら宣孝のぶたかは、単身赴任も多く、アチコチに妻もいたので、京に帰ってからも、ほとんど会うことはなかった。


 そんな訳で、ゆかりの父は、一応、少しだけ小ましな家を用意して、使用人を増やしたものの、宣孝のぶたかは、やはり姿を表さず、ゆかりは相変わらず、ずっと、紙に何かを書き続けていた。


 少女時代と違うのは、宣孝のぶたかから、小まめにくるふみのお陰で? 自分の知らなかった、R18な世界を知り、ふみを周りに見せてみると、意外に大ウケしていたので、「ふ――ん、明け透けなのは、どうかと思うけれど、ちらっとな、想像をかき立てるエロは、受けがいいのかもね……」なんて思い、越前で書いていた、止めたはずの話の続きを、少しづつではあるが、色々と改稿しては、また、どこかへ送っていた。


***


「なにこれ、面白い! 誰!? 誰の書いた……あ、惟規のぶのりの妹なんだ……続きなんか読めないと、そう思ってたのに……そっか、さすが惟規のぶのりの妹……」


 改稿済の話を読んでいたのは、惟規のぶのりが亡くなったと聞いて、ガッカリしていた道長であった。


 暗すぎるほど、根暗ではあるが、教養に溢れ、面白くもあり、そんな話を書いて、届けてくれていた惟規のぶのりが亡くなってから、もう続きは諦めていたのに……。


「あの、惟規のぶのりの妹……多分、物の怪みたいな……ははっ!」


 道長は、続きが楽しみになり、その続きは、惟規のぶのりを失って、ポッカリ空いた心の穴の、慰めになっていた。


 そしてその頃、ゆかりは、「この子を頼む。、俺の子どもなんだ。よろしく」そんな、知らない間に亡くなっていた宣孝のぶたかからのふみと一緒にやって来た、赤子に困惑していたのである。


「泣き声がうるさくて、集中できない……うるさいから、物置にでも入れちゃおうかな……それとも、となりの家の裏口の前に……」

「お方さま、そんな、地獄におちるような……あ、ほら、面倒なら乳母を雇えば大丈夫ですから! ねっ!? すぐに探してきます!」

「…………」


 ついでと言ってはなんだが、父の為時ためときは、また、無職貴族になり、京にいる、ゆかりのところに戻ってきていた。


「た、ただいま……」

「また、無職ですか?」

「…………」


 赤子には、金の粒が詰まった袋が、「オマケ」についていたので、ゆかりたちは、しばらくそれで暮らしていたが、とうとう、それもなくなる頃、道長は、ようやく、時々届く物語を書いている惟規のぶのりの妹が出した使いを、ひっ捕まえて、居所を白状させていたのである。


***


「これ、めちゃくちゃ、面白いな!」

「は、早く続きが読みたい!!」

「作者は正体不明なんだってさ」

「時々、道長のところへ、届くらしい……」

「へ――」


 物語は、道長の周囲で、そんな風に、既に評判になりつつあったが、そんなことは知らない、ゆかりは、「わたしの正体は、分かっているな? さあ、早く紙と墨を出せ……」また、そんな、の代筆屋をしていた。


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