第6話 偽りの微笑みと復讐の序曲②
同窓会も後半に入り、会場の熱気は一層高まっていた。みんなが久しぶりの再会を喜び、酒が進むにつれ、昔の思い出に浸っていた。誰もが草野のことを過去のいじめられっ子ではなく、今や成功したビジネスマンとして見るようになっていた。草野はその視線を冷静に受け止めながら時計を確認し、会場をそっと抜け出した。空になった薬剤の袋とともに。
そしてその時が来た。草野が会場を去ってから数分が経った頃、宴会場の真ん中で、突然「ガタン」という音が響き渡った。会場にいた全員が一斉にその音の方へ視線を向けると、タクヤが床に倒れ込んでいた。周囲は一瞬静寂に包まれ、誰かが叫んだ。
「タクヤ!どうした!?」
他の同級生たちが慌てて駆け寄り、タクヤを抱き起こそうとするが、彼の顔色は青白く、息も荒い。タクヤは目を見開いたまま口元を押さえ、まるで体の中で何かが爆発したかのように苦しんでいた。彼の体は痙攣を起こし、口元から白い泡がふき出ていた。
「誰か、救急車を呼んで!」
同級生の一人が叫び、同窓会の会場は悲鳴に包まれた。誰もが何が起きたのか理解できず、ただタクヤが苦しむ姿を見つめることしかできなかった。目の前で倒れた男がかつてクラスのいじめのリーダー格で、今は土建屋で働く恰幅の良い男であることからは想像もできない、惨めで弱々しい姿だった。
救急車のサイレンが遠くに消えていくまで、誰も何も話せなかった。
ホテルを出た草野は、冷たい夜風を受けながら、ゆっくりと近くのインターネットカフェに向かっていた。タクヤが倒れる瞬間を予想していた草野は、後ろを振り返ることもなく、ただ静かに自分の計画が順調に進んでいることを確認していた。
「まず一人目だ…」
草野は心の中で静かに呟いた。タクヤへの復讐は始まりに過ぎない。草野のターゲットは、既に二人目に向いている。
インターネットカフェの個室に横たわった草野は、スマートフォンを取り出し、画面をじっと見つめた。次のターゲットはヒロシだ。草野はスマートフォンの画面を操作し、あらかじめ編集しておいた動画のデータを確認した。動画の中には、ヒロシが中学生の頃、いじめに加担していた証拠や、その後の人生についての詳細な情報が詰め込まれていた。家族の写真、住所、勤務先、そして自宅の外観までもが鮮明に映し出されている。草野はこれを世間に暴露することで、ヒロシの平穏な生活を完全に破壊しようとしていた。
動画をアップロードする前に、草野は最後の確認を行った。そして、静かに深呼吸をしながら、画面に向かって呟いた。
「まだまだこれからだ…」
動画のアップロードボタンを押す瞬間、草野の胸には、これまでに感じたことのない達成感と、復讐心が渦巻いていた。
数時間後、草野がアップロードした動画は瞬く間に拡散された。動画のタイトルは「中小企業の味方の信金マン、ヒロシの本当の姿を暴露する」。
動画の冒頭、草野の冷たい声が響く。「全国の皆さん、私はきょう、一つの真実をお伝えしようと思います。この男、ヒロシは信用金庫で働く立派な社会人に見えるかもしれません。しかし、彼の本当の姿は違います。彼はかつて、私をいじめ、人生を狂わせた張本人です。そして、今もなお、自分の行為に対して何の反省もしていません。」
動画の画面が切り替わり、ヒロシの現在の生活が次々と映し出される。信用金庫のバッジをスーツに付けて笑顔を浮かべるヒロシ、家族との幸せそうな写真、新しく購入した自宅の外観。動画は淡々と進み、次にヒロシの過去の写真が映し出される。その後、中学時代のヒロシが、草野を嘲笑い、いじめていた内容を克明に説明する映像が続く。「この男が、どれだけ私を苦しめたか知っていますか?」草野の低い声が再び響く。「彼はいじめグループの一人として、私に暴力を振るい、金を巻き上げ、私を廊下に蹴り飛ばしました。それを見て彼は笑っていた。私が泣き叫んでも、止めることはありませんでした。他の連中も、私を一度も人間として扱いませんでした。誰も助けてくれませんでした。」
草野の声が次第に強く、そして怒りを帯びていく。
「今、ヒロシは家族と幸せに暮らしています。ですが、彼は間違いなく、私の人生を破壊した人物です。私がどれだけの苦しみを味わったか、彼は覚えてすらいません。皆さん、このような人物が、信用金庫に勤めているのです。皆さんの大切なお金を管理しているのは、このような人物なのです。」
動画には、ヒロシの勤務先の詳細な情報が表示され、さらに彼の自宅の住所が明確に晒されていた。
草野はその映像を確認しながら、冷たく笑った。「これで終わりだ。お前の人生は今日で終わる。お前はもう逃げられない。お前の過去が今、暴かれる。お前はこれからずっと、この過去に追い詰められていくだろう。」
翌朝、草野の予想通り、ヒロシの勤務先である信用金庫には数えきれないほどの苦情と悪戯の電話が殺到していた。「こんな男が信用金庫で働いているなんて許せない!」「こんなやつに私たちの金を任せられるか!」といった怒りの声がSNSでも広がり、ヒロシの勤務先を取り巻く状況は炎上していた。
ヒロシは急遽自宅謹慎を命じられ、外出できない状態に追い込まれた。しかし動画の拡散は止まらず、さらにはヒロシの自宅には次々と脅迫状や脅迫電話が届き始めた。家の前にはユーチューバーや野次馬が集まり、カメラを回して実況を行っていた。「正義の味方」と名乗るユーチューバーが拡声器を使ってヒロシを非難し、ヒロシの自宅に向かって罵声を浴びせていた。
「ヒロシ!出てこい!お前がしたことを説明しろ!」
SNS上では、「#ヒロシ暴露」「#いじめ加害者の末路」といったハッシュタグがトレンド入りし、ユーチューバーやネットインフルエンサーたちが次々にこの事件を取り上げて動画を投稿していた。
「これがかつてのいじめ加害者、ヒロシの自宅です。皆さん、これが彼の『罪』の代償です」――そんな言葉がインターネット上で拡散されていく。草野は、動画が拡散されるのを見届けながら、冷たい達成感を感じていた。ヒロシの人生が壊れる瞬間を、静かに見守っている自分がそこにいた。
ヒロシの家族は、外に出ることもできず、窓越しに外の騒ぎを聞いていた。子供たちは怯え、妻は涙ながらにヒロシを責めた。「どうしてこんなことになったの?あなたは一体何をしたの?」と。だが、ヒロシにはその言葉に答えるすべがなかった。ただ一人、過去の自分の行為を悔い、恐怖に震えていた。
「これじゃ…これじゃあ、俺はもう…」
ヒロシは、動画を見た瞬間に全てを理解した。草野が復讐を果たすために自分を狙っていること。そして、過去に自信が携わったいじめの事実が、いま自分の平穏な生活を破壊しようとしていることを。ヒロシはうなだれ、絶望的な声を漏らした。家族の生活も、仕事も、全てが崩壊するのが目に見えていた。家族の生活費、家のローン、子供たちの未来――すべてが目の前で崩れ去っていく。
「草野…あいつが…」ヒロシは草野の名前を呟きながら、憎しみとも後悔とも取れない感情が沸き上がってきた。しかし、何もできない。過去の罪が、今まさに自分の首を絞めている。自分が過去に草野をいじめた事実を、もう否定することはできなかった。
動画を見た人々の間では、「いじめ加害者は永遠に許されない」「いじめを受けた者の心の傷は一生消えない」といった声が広がり、草野の行動を擁護する声が次第に高まっていた。
草野はカフェの席で静かにスマートフォンを見つめていた。動画の再生回数は急速に伸びており、SNS上でも拡散が続いていた。ヒロシが破滅に向かっていることを、草野は確信していた。
「まず一人。」
草野は静かに呟き、コーヒーを一口飲んだ。ヒロシへの復讐はほぼ完了したが、彼の心の中にはまだ冷たく燃える炎が残っていた。直樹、彩子、そして太田――彼ら全員に報いを受けさせなければならない。
草野はこれからの展開を思い描きながら、彼らに対する復讐の計画を練っていた。かつてのいじめっ子連中が、次にどんな運命を辿るのか。草野の胸の中で、その想像が次第に形を帯びていった。
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