第5話 偽りの微笑みと復讐の序曲①

 同窓会当日、草野は不自然なくらいの落ち着きを装い、笑顔を振りまきながら会場に足を踏み入れた。ホテルの一角に設けられた宴会場は、かつての同級生たちで賑わっていた。会場の外に出ていた名前のリストを確認しながら、草野は自分のターゲットが全員揃っていることを確認していた。目標は5人――タクヤ、ヒロシ、彩子、直樹、そして担任だった太田。彼らに復讐を遂げるために、この瞬間を待ちわびていた。


 草野は、肩に掛けたコートを脱ぎながら会場の中へと入っていった。彼が高級スーツに身を包み、堂々と会場の真ん中を歩いていくと、周囲の視線が一斉に彼に向けられた。数人の同級生たちが、遠慮がちな表情で草野に目をやりながら、ひそひそと話をしているのが分かる。

「草野くん、来ると思わなかったわね…」

「うん、でも、なんかすごくお金持ちって感じだね…」


 彼らの言葉が耳に入ってきたが、草野は気に留めることなく笑顔を作り、まるで何も気にしていないかのように振る舞った。長年の復讐心を胸に秘めながらも、この場では完全に成功者としての仮面を被り続けなければならない。彼の心の中には、緻密に計画された復讐がすでに動き出していたのだ。


 草野はしばらく周囲を見回した後、まずは彩子の姿を探した。彩子は少し離れたテーブルに座っていたが、草野に気づくと目を見開き、驚いたような表情を浮かべた。だが、すぐに笑顔を取り戻し、近づいてきた。「あぁ、草野くん、この前はありがとね。ちょうどいま草野くんの話をしてたところなのよ。ほら、美穂と由香里よ。懐かしいでしょう!」


「懐かしいね、本当に久しぶりだよ。みんな全く変わってないね!俺のこと覚えてる?」草野は軽く微笑んで返した。美穂と由香里は草野に対するいじめには何も関わっていなかったので、草野の復讐リストには入っていない。むしろ、草野が復讐を成功させるための道具に使えるかもしれないと、草野は考えるのだった。「まあ、今はなんとかビジネスがうまくいってるよ。昔はいろいろあったけど、いい経験だったと思っているよ。まずは、今日はみんなと楽しみたいな。仕事も忙しくなってきたし、誰か俺の会社を手伝ってくれる人とかいないかなぁ?」草野は内心を悟られぬよう、精一杯の笑顔でその言葉を捻り出した。

 その言葉に、彩子は安堵したように肩を落とし、「あら、それなら私、夜の仕事から足を洗うわよ。そうよね、もう昔のことは忘れて一緒に…」と続けたが、その後に何か言葉を飲み込んだ。彩子の目には、かつてのいじめの後ろめたさがはっきりと映っていた。それでも彼女は、草野が成功者としてお金に困っていない草野に対して憧れの念が生じるのを感じていた。


 周囲にいた他の同級生たちも、次々と草野に話しかけてきた。「草野、久しぶり!ビジネスで結構儲かってるんだって?どうやってるの?」と、興味津々な様子で彼に質問を投げかけてくる。彩子が今日までに、草野のことを吹聴して回ったらしい。彼らの目には、過去のいじめっ子としての負い目が感じられるものの、草野が過去を水に流して成功していると思い込んでいるせいか、彼らは次第に草野に対して友好的な態度を取り始めた。「現金な奴らだ」草野は同級生に対して抱いた軽蔑の感情を押し殺して、笑顔を振りまいた。同級生たちは草野の言葉に笑顔でうなずき、草野との再会を喜ぶような言葉を口にした。しかしその笑顔の裏で、草野の心に横たわるは冷たい憎悪が消えることはない。


「お前たちは何も知らない。俺がこの場でどんな思いで笑っているのか…今日がお前たちの人生の終わりになるというのに、誰一人それに気づいていない。」草野は心の中で反芻しながら、次にヒロシを探した。ヒロシは少し離れた場所に立ち、同じく数名の同級生と談笑していた。「見つけた…」草野の顔が一瞬こわばった。ヒロシも草野に気づくと、彼もまた驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔を作り、草野に近づいてきた。

「草野、お久しぶりだな!今どうしてるんだ?」ヒロシは陽気な様子で手を差し出してきたが、その裏には明らかに気まずさが見え隠れしていた。「おお、ヒロシくんか!久しぶりだねぇ!まあ、色々やってるよ。ネットビジネスが何とか軌道に乗って、少しずつだけど儲けが出始めたところなんだ。ちょうどいま新しい事務所を借りようとしていて、同級生のみんなにも助けてもらえないかなと思って、情報交換も兼ねて、今日は来てみたんだ。みんなに会えて嬉しいよ。昔のことはもう水に流してさ、これからは何か一緒にビジネスしたり、仲良くできたらいいなって思ってるんだ。せっかくだから、乾杯しようか。」


 草野は精一杯の笑顔で言ったが、次第に自分の笑顔が不自然になってきているのを隠せなかった。しかしヒロシはその不自然な笑顔の変化に気づく由もなく、満面の笑みを浮かべながら「そうか、それは良かった!またこうして会えて本当に嬉しいよ。」と返した。

「嬉しいと思っていられるのも今のうちだ。お前の幸せな生活は近いうちに終わるぞ、ヒロシ。これからお前が味わう地獄を、楽しみにしていろ。安心しろ、殺しはしない。しかし長期間苦しむのだ。お前が俺にしたようにな…」


 その後、草野は担任だった太田にも再会を果たした。太田は歳を取り、すっかり白髪が増えたが、説教じみた物言いは当時から変わっていなかった。草野が近づくと、太田は何の気なしに草野に声をかけた。「おお、草野か!久しぶりだな、元気そうで何よりだ」

 その言葉が、草野の怒りの炎に油を注いだ。「太田、よくも言えるな。俺がお前に何度も助けを求めたのに、お前は一度も俺を守らなかったじゃないか。いじめられる方が悪いだと?教師失格のお前が退職金を満額もらって悠々自適な年金生活だと?ふざけるな!」

 草野は怒りを抑え、冷静に微笑みながら「先生、久しぶりです。元気そうで何よりです」と返した。「お前にも報いを受けさせる。お前が俺に背を向けた代償を、思い知らせてやる。」草野の怒りは頂点に達していた。草野はもう誰にも止められない。

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