第3話 情報収集

草野が初めて「夢キララ」に足を踏み入れた夜、店の派手なネオンと重低音の音楽に包まれた。古びた街の一角でありながら、そのキャバクラは異彩を放ち、まるで輝く宝石のように周囲の薄暗い雰囲気を塗り替えていた。近くには年季の入ったスナックや飲み屋が並び、そのどれもが時代遅れな感じを漂わせている。それでも「夢キララ」の光は強烈で、周囲の荒れ果てたシャッター通りから浮き上がるように存在感を示していた。


店内に入ると、草野は新しく手に入れた高級スーツの襟を軽く整えた。深夜のバイト代をはたいて買ったこのスーツは、彼にとっては大きな賭けだった。しかし、彩子を信じ込ませ、いじめっ子たちの情報を引き出すためには、どうしても必要な投資だった。「俺はITビジネスで成功している一流のエンジニアだ。金はいくらでもある成功者だ。」草野は自分を洗脳するように、何度もその言葉を頭の中で繰り返した。


草野が案内された席で待っていると、彩子が現れた。彼女は以前より胸の谷間を強調した露出度の高いドレスをまとい、派手な金髪に濃い化粧をしていた。化粧の厚さは、どこか彼女が無理をしていることを物語っていた。華やかな外見の裏には、疲れた表情と、どこか空虚な雰囲気が漂っていた。


「まあ草野くん、久しぶりね!何年ぶりかしら?」と、彩子は誰から見ても分かるような作り笑いとをしながら声をかけた。「会えて嬉しいわ!どこで私がここで働いていることを知ったの?」

夜の接客業のマニュアル通りに、客の心をくすぐるよう1オクターブ高い声で彩子は言った。しかしその言葉とは裏腹に、彼女の目には、過去の出来事に対する微かなやましさが見え隠れしていた。


草野は軽く笑顔を返しながら、内心では緊張していた。だが、彼は一歩も引かずに、堂々と振る舞った。「元気そうで何よりだね、彩子さん。最近忙しくて酒でも飲んで気分転換したいなと思っていた時に、彩子さんがここにいるっていうのを同僚から聞いて、来てみたんだ。ごめんね、突然。」と返しつつ、彼女の様子をじっくりと観察した。彩子は一瞬、草野をじっと見つめた後、少し考えたような表情で言葉を切り出した。


「そういえば、私も風の噂で聞いたんだけど…草野くん、深夜のバイトを頑張ってるみたいね。私も夜の仕事をしてるから、私たち同じだね。」

その質問に、草野は一瞬心臓が止まるような感覚を覚えた。どうして彩子がそんなことを知っているのか。所詮は地元の狭い世界だ。隠れるように生活していたもすぐに噂は広がるものだ。彼はすぐに頭を働かせ、冷静を装いながら絶妙な言い訳を考えた。そして、落ち着いた声で返答した。


「確かにバイトはしてるよ。でも、あれは俺が自由業をしてるからなんだ。ほら、俺はいわゆるノマドワーカーってやつで、インターネットで自分のスキルを活かして好きな時に好きな場所で好きなだけ働くっていう働き方なんだけど、でもそれってつまり定職がないってことだから、クレジットカードの審査とかに通るのが難しいんだよ。だから、一応バイトの職歴をつけてそこを勤務先ってことにしているんだ。実際のところ、収入はほぼ全部インターネットのビジネスから来てるんだけど、銀行やローン会社っていうのは職業欄に『会社員』とか書いてあるほうが安心するからね」


彩子は一瞬、納得したように見えたが、まだ少し疑いの表情が残っていた。しかし、草野は続けた。「まあ、バイトって言っても深夜にちょっとした作業をするだけだよ。むしろ気分転換みたいなもんさ。パソコンに向かいっぱなしも疲れるしね」


この説明に、彩子の表情が少しずつほぐれていくのがわかった。彼女は「なるほどね、そういうことなのね。草野くんって、実はすごい人だったのね。」と軽く笑いながら納得する様子を見せた。「確かに、自由な働き方ってそういうのもあるわよね。今の時代、正社員じゃなくてもお金稼げるっていうの、なんだか羨ましいな」と、少し羨ましそうに彼女は言った。

草野はその言葉に内心でカチンときた。「この女は中学の時に俺から金を巻き上げたことを忘れてるのか?」彩子の「羨ましい」という言葉の裏に、カネの匂いを嗅ぎ回る彩子の当時の醜い顔が頭に浮かんできた。「ああ、まあね。でもその自由の裏には、リスクもたくさんあるんだ。楽じゃないよ、全て自分の責任だからね。」と、少し皮肉を込めて返した。


草野は彩子の表情や声色を注意深く観察しながら、あくまで自然体を保ち続けた。彩子が納得してくれたのは、彼が用意した「成功者」という演出のおかげだ。店に彩子の指名料と延長料金を支払い、3時間が経過した頃には、彩子の方から話題を振ってくるようになっていた。これで完全に彼女を信じ込ませることができたと確信した。「たまにはこうして美味しいお酒を飲みながら色々な話をするのも悪くないね。」次の来店を約束して、草野は夢キララで初日の計画を終えた。

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