第2話 復讐の機会

 草野はその日、いつも通りの変わり映えのしない質素な夕食を終え、深夜のバイトに向かう準備をしていた。何気なく郵便受けを覗くと、一通の封書が届いているのが目に入った。草野は差出人の名を見て息を呑んだ。その名はヒロシ。中学時代に草野をいじめていた一人だ。草野は心臓が一瞬止まったように感じた。

 急いで封を破ると、中には学校主催の同窓会の詳細が書かれた紙が入っていた。そして実行委員の一人として、ヒロシの名前がある。「同窓会のお知らせだと…?」草野はその詳細を何度も読み返しながら、過去の記憶が鮮明に蘇ってきた。

 「ヒロシ…あいつも来るのか。」草野は自分の言葉を反芻した。ノートを破り、草野を階段から突き落としたヒロシ。廊下に倒れ込む草野を笑いながら蹴り上げたあの出っ歯の男。当時の暗い影が、いま恨みとなって草野の心に湧き上がる。「あの連中がいなければ、俺はもっと幸せな生活を送っていたはずだ。せめて普通の生活は送れていたはずだ。あの時あいつらさえいなければ…」草野の怒りの炎は次第に燃え広がっていく。「俺はこんなに惨めな生活をしているのに、あいつらはのうのうと生きてやがるのか。惨めな生活をするのは俺じゃない、あいつらだ。徹底的に復讐してやる。」


 草野はその日のバイトが手につかなかった。頭の中であらゆる復讐の形が巡り巡っていた。過去の行為を家族や交際相手に晒してメンツを潰してやろうか、いじめの真犯人として住所と勤務先をSNSに公開してやろうか、それとも毒殺でもしてやろうか。恨みと共に復讐の手段が次々と浮かんでくる。

 こんなに頭脳が明晰に働くのは何年ぶりだろうか?ほとんど人と話すことがない深夜の荷物の仕分けバイトで食い繋ぐ草野。頭を使うことなく、言われた通りにやるだけの単純作業の日々を送っている草野が、いま自分の頭をフル稼働させて、復讐のために熟考している。草野が久々に味わうワクワク感だった。そして自分の想像力の豊かさに快感さえ感じていた。


 「ヒロシは今、どんな生活を送っているんだろう?」厳しい両親の元で育てられていたヒロシは、イライラすると草野に八つ当たりして暴力を振るうことがあった。草野にとっては復讐対象として真っ先に名が上がる存在だ。バイトを終えて帰宅した草野は、検索エンジンにヒロシのフルネームを入力して調べ始めた。草野のスマホを持つ手が震え始めた。草野のスマホには、満面の笑みであの出っ歯を見せているヒロシの顔がいくつか表示されている。中学時代に草野に暴行を加えていたあの頃の面影は全くない。草野は過去をもみ消したようないまのヒロシの顔を直視できなかった。ヒロシの今の生活を知るにつれて、草野の顔は紅潮し、怒りでスマホは今にも握りつぶされそうだ。「ヒロシのこの顔は本当のヒロシの顔ではない。これは作られた偽物の顔だ。この出っ歯をへし折り、鼻を叩き潰してやる。」草野の頭には、中学時代の一日一日が鮮明に蘇っていた。


 SNSでもヒロシのアカウントを探した。ヒロシのプロフィールが検索結果に出てきた。あの出っ歯を見てすぐに本人と特定できた。草野はヒロシのプロフィール写真を眺めながら、「お前はこのような人間ではない。お前はこのような生活を送るべき人間ではない。」と心の中でつぶやいた。ヒロシの投稿を読んでいると、ヒロシの現在の生活が少しずつ見えてきた。「信用金庫で働いているだと?お客様の信頼がモチベーションだと?常に高い目標を掲げるだと?」ヒロシの投稿の全てが、草野の怒りの火に油を注いだ。「あいつは俺の人生を狂わせたことを忘れているのか。」草野は心の中で叫んだ。「お前が俺の人生を狂わせたのに、お前は善人ぶってのうのうと生きてやがるのか。お前の正体をぶちまけてやる。覚えていろ。」草野は自分に誓った。 「またとない機会だ。この同窓会で、ヒロシだけでなく俺をいじめた全員に報いを受けさせてやる。」


 失敗は許されない。チャンスは一度きり。そして復讐は対象者全員に対して完全に成し遂げられなければならない。誰が同窓会に来るのか、どのような復讐が最も効果的なのか。草野は復讐の計画を練り続けた。同窓会の詳細を読むと、この案内は当時のクラス全員に出されているようだ。ということは、同じクラスで連絡が取れる人物を辿れば、同窓会のおおよその参加者や今の生活状況が分かるだろう。

 以前バイト先の山下から、彩子が駅前のキャバクラで働いていることを聞いた。「客のふりをして彩子に近づけば、いじめっ子連中の現況を聞き出せるかもしれない…」草野は一筋の光明を見た気がした。草野は復讐計画の第一歩を踏み出した。



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