二年後
【八月三一日】
高校最後の文化祭は息をする間もないほどあっという間に始まった。準備期間は存外あっけなく、先輩方もこんな感じだったのかなどとぼんやり考える。適当に古本市の店番をしながら頬杖をついて、薄いコピー本を開いた。
手元にあるのは二年前の『軌跡』文化祭号。開いているのは七星七海先生の作品。僕自身が三年となった今読んでみると、この作品がいかに高校生の日々に誠実であるかが分かる。藤島先輩が魂に向き合って書いたというのは想像に難くない。
視界の端には『軌跡』の文化祭号が積まれている。当然、僕の引退作も掲載されている。上手く書けたかなんて知らないが、少なくとも僕の魂は満足しているようだ。だったらそれでいいような気もするが、どうにも落ち着かない。手の届かない所が痒い。
考えても仕方ないから、気を紛らわせるために視線を手元の本に落とす。
「これ、お願いします」
ぼんやりと読んでいると、か細い声と共に目の前に大量の本が置かれた。
「はーい。って、多っ!」
「すいません、調子乗りました」
記憶に刻まれている声。まさか――
「藤島先輩…」
「お久しぶりです。約束、果たそうと思いまして」
そう言って、藤島先輩はA4サイズの厚みがある封筒を取り出した。
「それの続き、書きました。タイトルは――」
大きく息を吸い込み、藤島先輩は言う。
「飛翔です」
「……なるほど」
重みを噛み締めながら、封筒を受け取る。読みたくて仕方がないが仕事中だ。逸る気持ちを抑えて淡々とレジを叩く。
「3200円です」
「お願いします」
「はい、ぴったり頂きました。袋はどうします?」
「お願いします」
「分かりました」
かつてない程ゆっくりと、丁寧に紙袋に本を詰めた。この時間が、ずっと続けばいいのに。終わるのが嫌で、適当に口を開いた。
「持ちます?」
「いえ、不要です」
ちくりと、心に小さな針が刺さった気がした。
「崎本に持たせるので」
藤島先輩はそう付け加えた。崎本に持たせる。その一言に、何故だか安心を覚える。理由は分からない。この感情を何と呼ぶのかは知らないが、なんとなく気分がいい。
もう時間だった。新たな客が会計を待っている。この時間が、終わる。
「それでは、ありがとうございます」
「……はい」
藤島先輩は重そうな袋を抱えて、踵を返した。なぜだか分からないが、寂しい。藤島先輩と僕の、作品を読むという縁は終わってしまった。これが別れになるような気がした。
「そうだ。卒業式に貰ったあの作品なんですが」
出口に差し掛かった藤島先輩は振り返って、少しだけ悪戯っぽい笑顔で口を開いた。
「好きです。巧拙とか、善悪とか、全部どうでもいいくらいに」
途端に、世界が澄み渡った。
そうだ。これだけでよかったんだ。ただ、この言葉があればそれで。
これが僕の自己満足だ。
魂が脈打つ。叫びたがっている。なんてことない教室の景色が変わったような気がした。何もかもが、鮮明に見える。この感情は、多分――
胸いっぱいに息を吸いこむ。
言うんだ。藤島先輩の目を見て、はっきりと。
これは、僕の告白だ。
「書きます」
「ええ、待ってます」
My Soul まくつ @makutuMK2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます