第4話

俺の体が女になってからはや一ヶ月が経った。一ヶ月も経つとこの体にも慣れたもので、だいぶあの頃と変わらない感じで過ごせている。


「ん?なんだこれ?」


皆俺に飽きたのか視線を寄越さなくなって、快適に登校し下駄箱を開けると、中から落ちたものを拾い上げた。


「ラブレターじゃね?」


「そんな訳、普通に嫌がらせだろ。」


「いやいや、下駄箱から落ちる手紙はラブレターだって、昔から決まってんだよ。」


丞の言いたいことはわかるが、正直男からラブレターを貰うこと自体、嫌がられの領域ではある。向こうに悪気がないのは知ってる。それでも、無理なもんは無理。


「ラブレターねえ。どこにそんなに物好きがいるんだか。」


「お前の教室で見てみようぜ。」


てな訳で、俺の机の上でラブレターと思われる手紙を開いた。


「ラブレターとか聞こえたけど何の話?」


「藍沢さん、おはよう。なんかラブレターもらったから、俺と丞で文言の確認をしようかと思ってたところ。」


「委員長さん、おはよ。真雄に書いた熱烈な愛を見てみたくて。面白そうだし。」


横から会話に入ってきた藍沢さんに状況を説明する。すると、藍沢さんが顰めっ面になり、まずいと思った時には時すでに遅しと


「二人とも人が真剣て書いたラブレターを、面白そうだからって理由で、馬鹿にして笑うようなことはしないようにね。」


普通に正論で殴られた。確かに思慮が浅かったと反省する。


「ごめん、藍沢さん。じゃあこれは無かったことに。」


「麻倉君は断るんだろうけどできるなら、告白には真摯に向き合ってあげてよ。」


「もちろん。」


しかし、なんて言って断ろうか。告白なんてしたこともされたことも無いから勝手がわからない。あ、そうだ。


「丞ってよく告白されてるよな。」


「それがどうかしたか?」


「なんかいい断り文句って無いかなって思ってよ。」


「普通にごめんなさい。で良いだろ。」


「私もそう思うよ。変に好きな人がいるとか言うよりも、ちゃんと相手に伝わると思う。」


取り敢えずは、シンプルに丞と藍沢さんの言う通りにしようと思う。


「そういや、お前に告白するって奴は誰なんだ?どこに来てくれって書いてる?」


「ん?名前は平瀬ひらせ卓人たくと知らない人だ。場所は、体育館裏だってよ。」


「そいつ、多分同じクラスの奴だわ。場所は体育館裏か。野次馬しに行っていいかな。」


「ダメに決まってんでしょ。余計なことすんのは辞めなさいよ。」


藍沢さんが丞には当たりが強い気がするけど、まあどうでもいいか。丞の最初の印象が最悪だったらしいから、自業自得だし、普通に喋れるくらいにはなってるから問題なさそう。


「それなら、何があるかわからんから、助けを呼んだらすぐに来れるくらいの場所で待機しててくれ。」


「ああ、それなら任せろ。」


「流石にそんな事しないと思うけど、心配しすぎじゃない?」


藍沢さんはまだまだわかってないんだ男子のことが。俺がしっかり教えてあげなければと、妙な使命感に駆られてしまう。


「藍沢さん良い?高校一年生の男子なんてお猿さんばっかりなんだから、心配しすぎがちょうどいいんだって。」


「そこまで解ってるのに、なんで体育のあった日はあんなことしたのよ。」


「若気の至り?」


「何でもそれでなんとかなると思ったら大間違いだよ。」


ヒートアップしかける藍沢さんを見て、俺は丞に助けてくれとアイコンタクトを取る。


「まあまあ、委員長さんも落ち着いて。真雄もそんなこと二度とやらないと思うし、告白に関しても何も無いのが一番だけど、万が一の為にね。何事にも備えは必要でしょ。」


「それもそうね。じゃあ、私も同じように声の届く場所にいることにするよ。」


助けてとは言ったけど、仲間を勧誘しろとは言ってない。だいたい、俺が告白される場所に、知り合いが二人もいるなんてどんな公開処刑だよ。


「だったらお願いするよ。」


とはいえ、それも断りずらかったので、甘んじて受け入れる。


そして、遂に放課後になったので、相手が体育館裏に着いたであろう頃を見計らって、俺も体育館裏に向かう。


「あ、麻倉さん。来てくれてありがとう。」


時間を遅めにした甲斐あって、平瀬とやらは既に体育館裏に待機していた。


「要件は何?」


我ながらしらじらしいとは思うが、この方が告白を切り出しやすいだろうという、俺なりの配慮だ。一応だが、野次馬たちは普通に会話をしている分には聞こえないところにいる。


「え、えっと...じゃあいくよ。麻倉さんを初めて見たのはつい二週間前くらいで、一目惚れでした。僕はまだ麻倉さんのことをよく知らないし、麻倉さんも僕のことを知らないと思う。


だけど、相手を知るのは付き合ってからでも遅くないと思うんです。だから、あなたのことが好きです。付き合ってください!」


平瀬が手を差し出して頭を下げる。


「ごめんなさい。あなたとは付き合えないです。」


俺は、当初から決めていた通り、その手を取ることはしなかった。


「そっか。そうだよね。」


平瀬が肩を震わせている。俺の前で涙を見せないという精一杯の強がりだ。平瀬の為にもさっさとその場を離れた。


「おう。どうだった。告白される気分は。」


「最悪だね。ほんとに、嫌な気分だ。」


「どうしたの?嫌なことでも言われた?」


「違うよ。」


藍沢さんは俺が嫌なことを言われたと勘違いする。そんなことは一切無かった。むしろ、こっちがびっくりするくらい真剣だった。だから、だからこそだ。


「知らなかったんだ。誰かの本気の気持ちを受け止められないどころか、突き放すことがこんなにも辛いなんてさ。もう、告白なんてされたくねえな。」


もう懲り懲りだよ。赤の他人とはいえ俺に好意を寄せてくれた人のあんな表情は見たくない。


「帰るか。」


「そうだな。」


丞と藍沢さんと帰路に着いた。その道中も空気が重く誰も口を開かなかったが、その沈黙を破ったのは丞。


「やっぱり、真雄は男子からモテてんだなって思ったよ。オレは。」


「マジか。モテてんの俺?また告白のとかされんのかね?」


「されるだろうな。」


「されるでしょうね。」


嫌んなっちまうぜ。この体になっていい事なんてほんとに無いな。丞を見てきてたから断るのは普通にできるものだと思ってた。なんか、告白されないいい案でも無いかな。


「そんなに嫌なら、小金井君に彼氏役でもやってもらったらどう?その方がいくらかマシじゃない?」


「その手があったか。頼むよ親友。って、なんだその顔?」


すっごい微妙な顔をした丞がそこにはいた。どんな感情から全く読み取れない。


「やってやらんことも無いがオレが嫌だ。オレだって彼女欲しいんだよ。」


「だから、その彼女になってやるって言ってんだ。」


「偽だろ。オレはもっと胸が大きい女子のが好みだ。」


「うわっ。小金井君サイテー。」


ほんとに黙ってたらイケメンなのに勿体ない奴。それでも、そのルックスに騙されてる女子からの人気は絶えないが。


「ま、この話は保留ってことで。」

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