第3話
朝、目を覚まして制服に着替えてから下に降りるところで、夕佳と鉢合した。
「夕佳おはよう。」
「あ、お兄ちゃんおはよ。てか、いっつもギリギリに起きてるけど、お化粧とかしないの?」
「なんで、そんな面倒くさい。」
わざわざ早起きして化粧なんてしなきゃなんないんだろうか?そもそも、化粧ってのは可愛くなりたい女子がするもので、可愛くなりたくもない俺には必要性が感じられない。
「勿体ない。学校でもモテモテだよ。」
「男にモテたって嬉しくないからな。そんなものは願い下げだ。」
男の俺が、男にモテて嬉しいはずが無いのに、何言ってるんだろうなこの妹は。女子にモテるんならしなくもないが。
「まあ、お兄ちゃんだから仕方ないよね。」
「なんだよその言い草は。」
「はいはい。遅刻しないように学校行きなよ。」
俺のことは相手にせず夕佳は学校に行く支度を続ける。そんな夕佳とは対照的な俺は、歯を磨いてササッと寝癖を治したら、家を出る。
「うーす。今日もいい感じだな。寝癖も直さずに学校に行こうとしてた時はさすがのオレも焦ったぜ。」
「それも面倒だけど、皆がちょっとくらい身だしなみを気にしろってうるさいからな。男のときはなんも言ってこなかったのに。」
男のときはもっと気楽だったのに、女になったってだけでこんなにも気遣わないといけないのは、普通にだるい。
「つうかさ。なんかすっげえ視線感じんだけど、俺何かしたっけ?」
「そりゃ、TSした可愛いと噂のお前に興味津々なんだよ皆。」
「は?なんだそれ。マジできめえな。目ん玉腐ってんじゃね?眼科行け。眼科。」
本当に気持ちが悪い。どいつもこいつも遠目からチラチラと見てきやがる。男の俺を可愛いなんて馬鹿げてる。
「そうカリカリするなよ。どうせ暫くしたら落ち着くだろうからそれまでの辛抱だ。」
「それもそうだな。とりあえずさっさと教室まで行くぞ。」
教室に着くまで不愉快な視線を向けられ続けた。そして、着いた教室の中では、不愉快な視線を向けられることは無く、学校で一番落ち着く場所になった気がする。
その後は特に何事もなく学校で過ごせていると思っていたら、また強大な壁が立ち塞がった。
「ちょっと、麻倉君。どこに行くつもりなの?」
休み時間に教室を出ていこうとした俺を、藍沢さんが呼び止めた。
「どこって...着替えに行こうと思っただけだけど?」
「どこに行くのって聞いてるんだけど?」
「男子と一緒のところ。」
「ダメに決まってるでしょ!何考えてるのよ!」
俺だって良くないのはわかってるよ。わかってるけど、女子に囲まれながら体操服に着替えるってのは、キツくないか?
だいたい、体が女子になっただけで心は全然男のままなんだから、女子と同じ場所で着替えるのは犯罪だと思う。
「せめて、トイレで着替えるからさ。ここにいるのはちょっと良くない気がする。それに、俺がここで着替えるのが嫌な女子もいると思うしさ。」
間違ったことは言ってないと思う俺の言葉に、何か悩んだように見えたが、直ぐにクラスの女子に麻倉真雄がいても問題ないかを聞いた結果、見事に全員が問題ないと言った為、地獄のような場所で着替えることとなってしまった。
女子たちがキャッキャウフフと楽しそうに会話をしながら着替えている中、当の俺はと言うと、下を向いてなるべく周りを見ないようにしながら体操服に着替え終えた。
「そんなに気を使わなくても、皆麻倉君が大変なのはわかってるから、ある程度は理解を示してくれるよ。」
グラウンドに続く廊下を歩いていると、背後から藍沢さんが近づき話しかけて来た。
「皆が良くても、俺はあんまり良くないからさ。精神衛生上。心は男のままだってわかってる?」
「わかってるよ。でも、麻倉君は酷いことはしないでしょ?」
「なんでそんなに信用されてるかなあ。」
信用されるようなことをした覚えもないし、俺の何をそんなに信用してるのだろうか?もしも、俺が豹変したらどうするつもりなんだろう。
「私、人を見る目には自信があるんだよね。」
だから問題ないと自信満々に言いたげな表情をみせる。そんな顔を見せられては何も言えない。俺にできることはその信用を失わないようにするだけだ。
体育は女子と男子に別れて別々の種目を行う。一応先生に直談判して男子の枠に入れてもらおうとしたが、許可されなかった。
ただ、この体になってからというもの筋力が無くなったと頻繁に感じるので、男子と一緒というのはやはり厳しいのかもしれない。
「ふぅ。良い汗かいた。」
今日は女子組でバスケをした。男子の時のように動けないのは若干違和感があるが、それでも、十分と言えるくらい動けてはいる。
しかし、体育も終わって教室に戻っているが、やけに男子からの視線を感じる。それもある部分に集中している気がする。
「麻倉君!?服透けてる!」
「え?ああ、なるほどね。」
視線の答えは藍沢さんが教えてくれた。要は汗で服が透けてうっすらと下着が見えている訳だ。
「私が壁になるから早く戻るよ。」
「そんな事しなくてもいいよ。ちょっとしたサービスと思えば大丈夫...」
「な訳ないでしょ!ほら早く。」
藍沢さんに手を引っ張られて一足先に教室に入ったので、心の平穏が保たれたまま制服に着替えることができた。
「ほんとに麻倉君は、危機管理能力が...」
その後は、藍沢さんが休み時間になる度に席の前まで来て、危機管理能力の無さについて説教をされ続けた。
それが、放課後も続いてそろそろ聞き飽きたなと思ったところで丞が顔を覗かせた。
「...丞が来たから帰るね。また明日!」
「ちょっと待てー!話はまだ終わってな...」
背後で叫ぶ委員長の声は聞こえないふりをして、いいタイミングで現れた丞と歩く。
「助かった。ナイスタイミングだ丞。」
「委員長さん殺伐としてたけど、何があった?」
藍沢さんに説教をされた原因を事細かに丞に伝えた。すると、丞が腹を抱えて笑い出した。
「そ、そりゃあ...お前が悪いだろ真雄。どこの誰がサービスに下着なんか見せんだよ。」
会話の途中にはっ...とかひっ...とか笑いを堪えながら丞は言った。
「だって、俺の下着なんかの需要は無えと思ってたんだからしょうがないだろ。」
「案外需要はあると思うぜ。なんせ、可愛い麻倉真雄の下着姿だ...それよりも、見せたいんならオレにだけ見せてくれりゃ良いのに。」
「おまっ!ほんとに辞めろ!きめえから。見せたい訳じゃねえからお前に見せる訳もねえし、可愛いってなんだよ!」
馬鹿しかいないのかこの学校は。隣にいるコイツはなんか変な顔してるし。
「なんだその変な顔?」
「いやあ、なんか初めての感情なんだが、真雄に罵られるとちょっとゾクゾクする。」
「え...ちょっと近づかないでもらっても良いですか?友達だと思われたくないので、ごめんなさい。」
「本気で引くの辞めてくれよ。傷つくだろ。」
人間本当に拒否反応が出た時ってこうなるんだなって実感した。これで、罵倒しても興奮する変態ができてしまった。キモイとか言っても無傷なのやめて欲しい。
「いや、引くだろ。流石にヤバすぎる。どうする?縁切る?」
「ごめんなさい。二度と言わないので許してください。」
「もし次言ったら、普通にシバく。」
「オレ普通にシバかれんの?」
「では、さようなら。もう会いたくないです。」
「ごめんごめん。ほんとに許して。キモかったのは自覚があるから。」
一応本気で反省してるのが伝わってきたので、叙情酌量の余地は与えることにする。
「わかった。許してやる。」
「ありがとうございます!」
大袈裟に頭を下げる丞を見てると、徐々に笑いが込み上げてきて、顔を上げた丞と顔を見合せて笑いあった。
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