第2話
後日、放課後に母さんと一緒に先生と話をしたり夕佳に下着を借りて気持ち悪がられながら、何とかいつも通りの日常を取り戻した。
そして、藍沢さんと出掛ける日が来た。今まで女子と二人でなんてことを経験したことがなかった俺は、かなり緊張して三十分早く待ち合わせ場所に着いてしまった。
「あれ、私、時間間違えたかな?」
「間違ってないよ。俺が早く来たすぎただけ。」
「そう、なら良かった。早く用事済ませちゃいましょう。」
藍沢さん先導で目的地まで歩く。その道中、藍沢さんが積極的に話しかけてくる。
「ちょっと聞づらいんだけど、麻倉君は、改名とかする気は無いの?」
「改名?なんで?」
そんなつもりは全く無かったのに、低い声が出てしまった。
「ごめんね。嫌だったよね。」
「いや、そんなつもりは無かったんだ。普通に疑問に思っただけなんだけど、低い声が出て自分でもびっくりした。」
「なんだ。怒らせちゃったのかと思ったよ。」
「全然大丈夫。これが丞だったらキレてたと思うけど。」
藍沢さんが謝った時は本当に、やってしまったと思ったけど、笑顔を見せてくれて安心した。でも、本当に丞相手ならどうでも良いけど、気をつけないと同じ徹を踏みかねない。
「あ、理由だったね。日本全国に麻倉君と同じ病気の人が五十万人程度居るけど、その大半が改名して女の子として生きてるみたいだから、気になっちゃった。」
藍沢さんは平然と話してるけど、大半が改名したって聞いて、正直かなり驚いている。俺は、自分が女子になったと受け入れられる日が来るとは全く思えない。
だから、これの答えは最初から決まっている。
「当然しない。まあ、その内気が変わってすることはあるかも知んない。真雄って女子っぽい名前だし、漢字だけ変えれば楽だからな。」
「なんでか...って、聞くまでもないか。」
どこかのどいつとは違って、空気の読める藍沢さんがありがたい。聞かれれば答えないことも無いけど、俺としてもそう語りたいものでも無い。
「っと、話してる間に着いたよ。」
男の時は意識的に避けていた場所の前立つと、変に緊張して冷や汗をかいてきた。
「どうしたの?気まずいのはわかるけど、入らないとどうしようもないよ。」
「ちょ、ちょっと待って。心の準備が。」
俺を置いて店の中に入ろうとする藍沢さんを慌てて呼び止める。すると、藍沢さんは立ち止まって待っていてくれる。
「よし。ごめん待たせた。」
「もういいの?」
「うん。大丈夫。」
気合いを入れて藍沢さんと店の中に入る。その店の中には俺の知らない世界が広がっているのと同時に、今まで感じたことの無いアウェー感がした。
「堂々としてて大丈夫だよ。」
目のやり場に困っていて、あまりに挙動不審だったからだろうか。藍沢さんから掛けられた声に頷くだけで返す。
「本日は、どういったものをお探しですか?」
「え、あ、えと...」
「この子の下着を探しに来たんですけど、何かいい物ありませんか?」
店員さんに話しかけられて、あたふたして上手く返事ができない俺を見て、すかさずフォローを入れてくれる。流石は藍沢さんだ。
「麻倉君、自分のバストサイズって測った?」
「えっ?測ってないけど...」
「じゃあ、そこからだね。お願いしても宜しいですか?」
「はい。畏まりました。」
俺の知らないところで、あれよあれよと話が進んでなんか、俺のバストサイズが計られるらしい。
そして、店の奥まで連れていかれて、色々と恥ずかしい思いをしながらサイズを計られてそのままその流れで、藍沢さんと店員さんが一緒に下着を選んでくれた。
「どう?いい感じかな?」
「よくわかんないけど良いんじゃない?」
「じゃあ、お会計だね。私が出した方がいいかな?」
「払おうとしてくれてるの!?そんなの全然良いのに。」
「麻倉君がそう言うなら。」
何もわからないまま、お会計をしようと思った矢先に、衝撃の事実を知った。払ってもらう理由も全く無いのに、なんの為に相場を教えてもらったとおもっているんだろうか?
とにかく、藍沢さんが引いてくれたので、手短にお会計を終わらせて店を出る。
「そうだ。全部終わってからで申し訳ないけど、あの店員さんに事情を話したけど、大丈夫そうかな?」
無事にお会計も終わって店を出たところで、藍沢さんがそんなことを言った。
「問題ないよ。事情を話さないどうにもなんないでしょ。」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。」
「それじゃあ、用事も終えたし今日は解散?」
「...私もそうしようかと思ったんだけど、せっかくの機会だし、麻倉君の服も買いに行っちゃおー!」
藍沢さんが少し逡巡して楽しそうに言った。
「男物?」
「何言ってるの?女物に決まってるよ。麻倉君に似合う服をいっぱい選んであげるから。」
「あんまりお金ないんだけど。」
「大丈夫。選んだ服は私が出すから。」
「何も大丈夫じゃないんだけど...」
逃げ場を失った俺は、大人しく藍沢さんに着いていくことにした。それに、藍沢さんなら変なのは選ばないだろうから、いつか...いつか着ることがあっても安心できる。
「ここだよ!私、よくここに来るんだよね。」
「そうなんだ...」
連れてこられたのは、いかにも小洒落た服の置いてある店だった。ここから先はまた俺の知らない領域なので、基本は全部藍沢さんに任せる。
「これ、着ないとダメなのか?」
「嫌だったら着なくていいよ。体の前で合わせるだけで十分だから。」
何とか、試着の必要はなくなったので、藍沢さんに言われるがまま体の前で服を合わせる。その度に、藍沢さんがブツブツこっちの方が...いや、違う気がする。とか言ってて、ちょっと怖かったのは内緒だ。
「あ、いいじゃん。すっごく可愛い。」
「...可愛いって言うのは辞めてくれ。」
ずっと、似合ってるとしか言われてなかったから油断してた。可愛いと言われた時の不快感は丞の時となんら変わりは無い。
「あ、ごめんね。すっごく似合ってたから。」
気まずい空気を拭うように、藍沢さんがまた新しい服を探しに行ってしまった。これに関しては、全面的に俺が悪い。最初に伝えておくべきだった。
結局、藍沢さんが買ってくれたのは、膝丈程のスカートと白系のニットセーターだった。着るかはわからないけど、大切に保管しようとは思う。
そして、今日のところは解散しようという流れになった。
「藍沢さんごめん。最初に言っとくべきだった。」
「いやいや、私も思慮が浅かったなって反省してる。」
「また、学校でも頼りにして良いか?」
「こちらこそ。頼りにしてもらえて嬉しいよ。」
最後は気まずい雰囲気も無く、良い雰囲気で解散できて良かった。俺は、ここに来た時と同じ道を通って家に帰った。
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