第3話 青い花の祭り

 何時間も山の奥で彼と話して、日が沈む前に街へ戻る。

 少しの間他の仕事を手伝ってから、家へ帰る。

 そんな毎日は変わらない。

 けどあの日から、少しだけ彼が変わった。


 彼が来る前はどうしていたか、とか。

 他の杖では魔法は使えないのか、とか。


 少し、だけど毎日色々、僕のことを聞いてくるようになった。

 今までは殆ど一方的に僕が話してるだけだったから、すごく嬉しくて。


「毎日色々な手伝いをしてたよ」


「小さい頃に紐付けされてるから、これ以外だと使えないんだ」


 つい弾んでしまう僕の声を、彼は優しく聞いてくれた。

 彼はあまり自分から話してくれなくて、長話をこっそり聞き流していたのも知っている。


 でも最近は確かに、まっすぐに意識が僕に向いているのがわかる。

 彼との時間がますます楽しくなって、気づけば日が沈んでしまっている日も出てきた。


「君はどうなの? ドラゴンって、魔法使えるんだっけ」


『……』


 僕のことを知ってもらえるのは勿論嬉しい。

 だけど僕だって同じように、彼のことが知りたいんだ。

 こうして問いかけても、彼は自分のことになると黙り込んでしまうけど。


「君は僕のことを聞く癖に、自分の話はまるでしないね?」


 聞いてくれるのと同じくらい、彼のことも話してほしい。

 そう思うのは、僕がおかしいからだろうか。


『我は汝ほど変わっていない』


「僕にとっては十分変わってるよ。ドラゴンの実物を見たのは君が初めてだし、それに――」


 人間と共に暮らす僕を、彼は変だと言う。


「ドラゴンは、少数の群れで暮らす生き物だと聞いたよ? 君の仲間はどこ行ったの?」


 だけど僕に言わせてみれば、彼だって変だ。

 彼のことは何もわからないけど――初めて会った時、ぐっと心が引き寄せられた。

 なんだか僕と似ている気がしたのかもしれない。


『……何処かへ行った』


「ざっくりだなあ。君は行かなくてよかったの?」


 投げやりな言葉は、無関心を語っている。

 仲間のことが大切じゃないのだろうか。


『合わなかったのだ。意見が』


「そうなんだ」


 本格的に暑くなり始めた空気に、僕の言葉が溶ける。

 この話は終わりで、彼は僕か次の話題を繰り出すのを待っているのだろう。


 もう少し聞きたかったな。

 なんて思ってしまうけど、彼にしてはよく話してくれた方だ。

 彼が退屈してしまう前に話題を変えてあげよう。


『争いは無意味だ。必要以上に生き物を傷つけたくはない』


 そう思っていたのに、彼はゆっくりと言った。

 開いた口から声を出すことも忘れ、ぽかんと彼を見つめてしまう。


『仲間が人間の街を壊しかけた。止めると仲間割れになり、今に至る』


 彼からここへ来る前の話を聞いたのは初めてだった。

 身体に刻まれていた傷は、仲間がつけたものだったのだろうか。


『どうかしたか』


 たった一つ端的に、彼の過去を知っただけ。

 なのにそのかけらは僕の頭を埋め尽くすほど大きくて、ぼーっとしてしまった。


「いや、僕もそう思うよ。皆仲良しの方がいいに決まってる」


 意識を現実に引き戻して、数拍遅れた返事をした。

 ふっと息を吐いて、硬い青をそっと撫でる。


 初めて会った時には、ここにも小さな傷がついていた。

 回復魔法で治してあげようと思ったら、断られたのを思い出した。

 もうほとんど治っているようだが、彼が元気になっているようには見えない。


「優しいんだね」


 怪我はかなり治ってきているし、動けないわけじゃない。

 それでもじっとしているのは、街の人を怖がらせないためらしい。

 そんなことを言っている時点で彼が優しいのはわかっていたが。


 改めて、その温もりを実感した気がした。


「喧嘩したからって仲間と離れて、寂しくないのか?」


 僕が彼なら、寂しい。

 怪我が治った途端に、仲間を探しに行ってしまいそうだ。

 そうしないのはまだ完全に回復してはいないからか、その必要を感じていないからか。


『……ここには騒がしい奴がいるからな』


 暫くの間を置いて、彼はぼそっと言った。


「あははっ、誰のことだろうね」


 知らないフリをして、思わず出てしまった笑いを誤魔化す。


「僕も寂しくないよ、君がいるから」


『我以外もだろう』


 折角応えてやったのに素っ気ない。

 ドラゴンは雰囲気なんて気にしないのだろうか。


「君が一番だよって意味だったのに」


『そうか』


 僕が唇を尖らせても、やっぱり素っ気なかった。

 だけど、これではっきりわかった。


「僕以外のみんなも、賑やかで素敵なんだ。仲良くしようよ?」


 僕が皆の言う通り心優しき魔女なら――彼も、心優しきドラゴンだと思う。

 だから彼も僕と同じように、皆と分かり合って仲良くできるはずだ。


「……夏はね、町中が青くなるんだ」


『……青?』


 彼が反応した。

 乏しいリアクションだが、興味がある証。

 嬉しくなって、話を続ける。


「7月末に青い花の祭があるんだ。綺麗だから、君にも見せたいな」


 この町の近くには、夏になると沢山の青い花が咲く。

 その花が咲く時期に合わせて大きな祭をするのが、昔からの伝統だった。


 それに合わせて、今頃からだんだん、町中が祭飾りで青くなっていく。

 まるで、町ごと空に溶け込むかのように。


 僕は、夏が好きだ。

 1年で1番、皆の笑顔が増える時期だから。


「青くなった町に、青い花を飾るんだ。素敵だろう? 君と同じ色」


 だから、彼にも笑っていてほしい。

 ドラゴンが笑うのかはわからないが、それくらい温かい気持ちになってほしいのだ。


『……綺麗だろうな』


「だろう? 一緒に行こう」


 好感触が得られて、嬉しくなってしまった。

 一緒に行く、と言っても彼は歩きまわったりできないだろうが。

 山の麓に降りて、一緒に街を見渡せばいい。


「参加者はその花で作った花冠を被るのが決まりなんだ」


 更に魅力を語れば、彼の心は傾くだろうか。

 そう思って説明を続ける。


「当日までに花冠を作って、好きな人に贈るんだぞ。君の分は、僕が作ってやろう」


 君も、僕にくれる? なんて、冗談めかして言ってみる。

 こんな大きな手と爪じゃあ、花冠など作れないだろうけど。


『…………いいだろう』


 暫くの間を置いて、彼がゆっくりと言った。


「えっ――いいのか!?」


 断られると思っていたのに、返事は意外にもオーケー。

 驚いて、つい声が裏返ってしまう。


『汝のような年寄り、誰にも貰えないだろうからな。我が用意してやらんこともない』


「ツンデレってやつか。僕、こう見えて人気者なんだよ?」


 僕は笑って否定するけれど、彼はあまり信じていないようだ。

 でも――彼が前向きになってくれたのは、素直に嬉しい。

 一番好きで楽しみにしていた日が、ますます楽しみになってしまった。

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